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太陽神イオヴェニル

「太陽神……」


 ヒナの後ろの、巨大な火の鳥。その堂々たる佇まいを目にした瞬間に全身が竦むような思いに支配される。これが、神の威容というものなのだろうか。


「人々の嘆きに応え、死者の魂を導き、世界を無に帰し、再生するもの……」


 そんな中、ヒナが一歩、また一歩と接近する。当のアカリはただ神に圧倒されたまま立ち尽くしているが、それを知っていて尚お構いなし、といった様子で。


「……神様、っていうのはわかったけど。何で世界の再生なんて……いや、それより何で死んだはずの桜井さんがここに……」


 辛うじて言葉を紡ぐことは成功したが、あまりに疑問が多い現状のせいで矢継ぎ早に質問を投げかけてしまう結果となる。

 過度の緊張がそうさせていることもヒナは見越しているようで、彼女は依然として余裕の笑みを浮かべていた。


「結局ここに来るまでに何も話していませんものね。……いいですよ、なら答えてあげます。……あの日、確かに私は死にました」


 決して声量がある訳でもないのに、よく通る声。鈴のように澄んだそれがかえって場違いで、不気味に感じる。

 言わずもがな、あの日とはヒナが投身自殺をした日だろう。


「私ね、死ぬ瞬間までは憎くて憎くてたまらなかったんです。私をいじめた人達もそうですし、見て見ぬふりをした人も、この世界そのものさえも」


 言われた瞬間、一年前――ヒナが自殺した日を思い出していた。

 偶然見てしまった窓の外。通り過ぎざまに見ていたヒナの目。


 逆さまになった、教室の中を見渡す双眸は憎悪に満ちていた。たった一瞬だからと、見間違いとして扱うにはあまりに鮮烈な印象を持っていた。

 一年が経過した今でもすぐさまリアルに想起でき、腹の底から凍てつくような感覚を覚えるほど。


 そんな内心を微かに顰めた表情から察してか、ヒナがゆるく口角を持ち上げる。


「でも、今はそんな事はないです。むしろ、皆さんの事を哀れだと思っているくらいですから」


「……哀れ……?」


 いじめられ、憎悪を抱いた相手達。それらを憐れむようになるとは、一体どういう理屈だろうか。


「悪いのは結局、この世界そのものですよね? 私をいじめた人にだって、事情はあった。リーダー格の人に従わなければ自分の人生が脅かされるから仕方ないというのが大多数の言い分でしょうし、そのリーダー格の人だって、家庭環境か何かが悪くて、私でストレスを発散しなければいけないほど追いつめられていたのでしょう? そもそも、昔なら村八分ですとか、もっと遡って身分制度ですとか……弱者を作り出して搾取する仕組みはずっと前から存在した訳です」


 つまり、と前置いた。体の発育が良い方だからか、一年前は自分よりもやや大人びて見えたヒナが、今の外見はそう変わらなく思える。

 しかし、それでいてその妖艶な笑みは少女というよりも、遥かに年上の女性を連想させた。


「この世界自体が、そしてそこに生きる人間自体がそういうものだから仕方がなかったんです。私のような弱い人間は全世界で見ればそこそこいるでしょうし、命を絶ったのも私だけじゃない。地に落ちて、死んで身体を失って、同化してみて初めて世界の嘆きに気が付いた」


 陶酔感を伴う、緩慢な口上。


「世界の嘆きって……」


「今まで死んでいった者たちの声が、私の中に一瞬で流れ込んできたんです。……そして、神の声も。この世界を変える意思の一つとして、神のしもべとして、私はこの地に蘇った」


 ヒナが両手を左右に広げれば、何もない空間から刀が現れる。手中に一刀ずつを握りしめ、交差するように構えた。――誰に向けて?

 アカリに向けてだ。


 交わる、視線。


「小流さんも、自分を守るために致し方なく私を見捨てたんですよね? ……いいんですよ、こんな世界じゃどうしようもない。」


 ――ヒナを見捨てた日々を思い出す。どうせ救えないからと諦めたのは、それより前にいじめられていたクラスメイトを助けたにも関わらず、いつの間にか標的が自分になり助けた相手すらいじめる側に回っていたからだ。

 別にアカリだけが特異な体験をしたわけではない。そのような裏切りのエピソードはいたるところで散見されるものだ。


――だからこそ、ヒナの言い分はまっとうであり、否定する要素が見つけられずにいた。


 一歩、後ずさる。その分、相手も一歩踏み出す。


「大丈夫ですよ、なるべく痛くしないようにしますから。あなたにも、あなたのお仲間さんに対しても」


 後ろ向きの二歩目を踏み出しかけたアカリの足が、止まる。


「……仲間」


 正直、ヒナの言う通りに世界そのものが生まれ変わればそんな思いをする者がいなくなるのかもしれない。

 しかし、彼女の言う世界を変えるという話は、今を生きる生命体すべてを一掃するという前提の上に成り立っている。


 ならば、当然のごとくここまで一緒に来た仲間たちも消えるということに他ならない。


「もしかして、たった一年くらいの間に出会ったごく少ない仲間のために世界を変えたくないなんて……思ってませんよね?」


 そんなアカリの内心を見透かしたような、ヒナの声。顔こそ笑ったままだが、その声音は氷の刃の如くに冷えていた。

 胃の腑が冷えるような思いに駆られるが、先程のように全面的に呑まれてしまう事はない。


「……そう、かもね。桜井さんからすればあたしや、数人の仲間なんて何十億分の一でしかないのかもしれない。……それでもあたしにとってはかけがえのない存在だし、きっと他の人だってそうだった」


「……他の人?」


「あなたが殺した人達のことだよ」


 告げた瞬間、鼻で笑われる。誰に対しても怯えていたヒナの面影は、もうそこにない。


「えぇ? もう意思疎通もできないのに、しかも赤の他人なのに何で考えている事がわかるんですか?」


「……もちろん本当のところはわかんないよ、でも……多かれ少なかれ、大切な人がいたから世界が滅びるまで死なずに生きてきたんだと思ってる。誰からも大切にされなければ、とっくに死を選んでたんじゃない?」


 ――あなたみたいに。それはあえて言葉の上で付け加えなかったが、ヒナにも思い当たる節はあるらしい。


 ヒナが死を選んだあの日、彼女もアカリも大切な人なんて見つける事ができずにいた。

 だがアカリは別の世界で仲間を見つけ、遅れて元いた世界でも大切な後輩に出会うことができた。


「……少ないかもしれないけど、心から信頼できる人はいたよ。だから、人が醜いのは世界のせいなんかじゃない」

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