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赤烏高校

「アカリ殿の読み通り、どうやら昇降口は開いているようだ。鍵どころか扉そのものが開いていたのは驚いたが、ああも視界が悪いとわからないものだね」


 昇降口の調査から戻ってきたシオンの発言からは、二つの意味で驚かされる結果となった。

 試しにアカリも目を細め、昇降口を凝視してみる。

 そもそもかなり遠いというのもあるが、その奥が完全な闇であるためガラス面の照り返しがなく戸がある部分とない部分の差異が見分けづらい。


 改めて答えを教えられた今でも、視覚だけではガラス戸の有無を判断できなかった。


「まあ、開いてるなら突入あるのみだよねー。どうせどこから入ったって敵まみれなんだし」


「ですが、校庭にいる敵……。いくら姿を消してもこの人数では見つかるでしょうし、やはり全員倒していくしかなさそうですよね」


 エーデルとフィルの会話の後、全員が数秒ほど思考。

 しかし誰も打開策を見つけられず虚しい沈黙が続くのみであったが、やがてアカリが沈黙を破る。


「戦う前提で行くとしても……まともに行ったらかなりの数を相手しないとならなくなるし、増援が怖いよね」


 校庭を徘徊する人型だけでも二十人は下らないが、それもあくまで見える範囲のみだ。

 十中八九、裏庭や校舎内にも敵がいるだろう。戦いが始まれば音が出るのを防ぎきれず、彼らの接近を許してしまうに違いない。


「中がどうなってるのかわからないけど、それなら囮役と突入役で別れたらどうかね」


 と、シオン。安易に戦力を分散させることにはなってしまうが、他に打開策も見当たらない。よってこうするより他はなく、校門の陰でどう人員を分けるか一分ほど話し合うことになった。

 ――結果、いざとなれば空を飛んで多人数をまきやすいシオンとエーデルが囮として残るという方針になり、残る三人がその間に校舎に突入する流れとなった。


「あの闇は俺やシオンの目でも見通せねぇんだろ?」

「闇というより黒い霧のような印象を抱いたのだよ。まあ……君が見通せるのは自然の闇だけだし、私もそれと魔術的な闇なら見通せるが。それはあくまでアトレイルの影響が強い場所での話だからね……。」


 アデルとシオンが話すように、今回自力で校舎内を見通せる者はいない。

 よって、神聖魔術によって道を切り拓けるフィルとエーデルがそれぞれ分かれることになった。これで後から来る二人も自ら道を照らしてくることが叶うだろう。


「そういえば、この三人ってフェネシア城で戦った組み合わせだよね」


 囮役の二人の後ろに付きつつ、ふとアカリが呟く。

 両隣にはアデルとフィル。最近は三人だけで行動する場面がなかったので、懐かしさがこみあげてくる。

 とはいえそんな場合ではないのですぐに緊張感を取り戻し、天使と悪魔があえて目立つよう校門を飛び越え左寄りに進んでいくのを見送った。


 ――血濡れを連想させる、赤い人影。大勢が群がっていく様に心配が募るも、ぐっと堪えて突入のタイミングを見計らう。

 大多数がそちらに集まったところで、三人はそれぞれを一瞥。頷きあって、門扉を乗り越えていく。


 ――そのまま、敵がこちらに注意を向けないうちに一直線に駆け抜ける。


「……二人とも、無事でね」


 遠巻きに見える二人。

 エーデルが攻撃を引き付けてシオンを庇い、その間に彼が人型を焼き払っているようだった。

 早くしなければ仲間二人もそうだが、元は人だったであろう敵もどんどん犠牲になっていく。


 ――心配は募るが、今はとにかく早く進まねばならない。


 昇降口の前までたどり着くと、最後尾にいるフィルが光球を放った。周囲は照らされ、漆黒がアカリ達を中心に球形に切り取られていく。

 遠巻きに見えるその断面を確認すれば、シオンが言っていたように霧のような空気の流れが見て取れた。照明なしでは一歩先も見えず、もしはぐれれば絶対に外には出られないだろう。思わず背筋がゾッとするのを堪え、仲間を見失わないように意識しながら玄関を進んだ。



 †



 そういえば、日本では昔神隠しが頻発していたのだという。

 神域に足を踏み入れたことによって人が姿を消してしまう現象。消えた人々は神の元に向かったと言われるのだったか。


 校舎に一歩踏み込んだ瞬間から感じていた、空気の変化。張り詰め、肌を刺すような感覚。

 この場所こそが伝承にある神域なのではないかという想像を早くも抱いていたのだが、どうやらそれはあながち間違いでもないかもしれない――と、アカリは早々に思い知る結果となる。


「……前来た時と、全然違う……。」


 来た時というより、内部は外観を全く無視した構造に変化していた。

 リノリウムの床は十人程度が横になっても余裕で通れるほどに幅広く、天井も光が届き切らず薄闇に包まれて見えるほど高かった。


 そして何より、玄関から先の廊下には机に置かれた赤い公衆電話が点在している。見える範囲だけでも真正面に一つ、そこから階段を挟んで左右に一つずつが配置されている。

 そもそもそんな場所になかった、という以前に。こんなに近くにこれだけの数を配置する意味が全くわからなかった。


 とはいえ、それは元の世界での基準だ。平和な日常での必要性は全く無視され、魔術的な意味合いでその配置になっているのだろう。

 ――と、想像は容易につく。ただ、不気味で近寄りたくないと思ってしまうだけで。


「これって、時々道で見かけた『でんわ』……ですよね? けど、緑色じゃありませんでしたっけ?」

「昔は赤電話っていうのもあったらしいけど、明らかにこれじゃないよね……。」


 主にタバコ屋などに多く見られたらしい、委託公衆電話。それは赤色をしていたらしいが、もっと小ぶりで丸みを帯びていた筈だ。そして何より、形状が全く異なる。

 明らかに眼前の公衆電話は道端でも見かける直方体のもので、それの緑色の部分とボタンを赤色に塗装したような不自然な外見だった。


「どういう理由で置かれてるのかわからないけど、近寄りたくはないかな」


 何か意味があるのかもしれないが、少なくとも今接近する理由がない。

 よって、それを無視して通り過ぎようとする。

 ――瞬間、何の前触れもなく受話器が外れて落下した。静寂によく響く衝突音に思わず悲鳴が零れ掛け、アカリは慌てて口元を塞ぐ。


「なっ――」


『ここまで来たんですね、小流さん』


 電話が置かれた台に一度激突し、さらに落ちて宙ぶらりんとなった受話器。

 そこから、聞き覚えのある少女の声がした。


「……その声、桜井さん……?」


 ――桜井陽奈。

 二度目の通話。間違えるはずもない。この学校で、窓越しにアカリの目の前を通過して、そのまま落下して死んだ少女。

 一年前に自殺したクラスメイト。


 電話口から聞こえる声は紛れもなく彼女のものだったが、一度目に聞こえた時も思ったように――記憶にあるより流暢に喋るようだ。

 生前はもっと、周りに怯えて途切れがちでしか喋れなかったはずなのだが。


『私の邪魔をするなとは言いましたが、まあ聞き入れてもらえないかなとも思っていました。まあでも、構いませんよ。このままこの世界を逃げ回られた方が困りますし。……それでは、直接会えるかはわかりませんが。せいぜい捜索、頑張ってくださいね』


 ――切断音。後に残るは、螺旋を描いたコードが揺れる音のみ。

 三人は数秒ほど、それを見下ろしてその場に立ち尽くしていた。

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