御月ワイナリー2
「それってつまりぃ、そのヒナさんって人がイオヴェニルの神子になっている可能性があるって事ですよねぇ」
と、エマ。
空の色は変わらないが、時刻的には朝の会議室で行われている会話だった。
あれから限界を迎え硝子壺の中へと戻ったシオンのみ例外だが、アカリを含め他の全員は教会内の寝室で夜を明かした。
その後元レストランだった場所で朝食をとり、今は従業員専用口を最初に通った時に見かけたフロアにいる。
流石に非常事態なのでそういった事態はあまり想定して作られておらず仕方ないのだろうが、何度も往復させられたという印象はやはり否めない。
「今のところ他に手がかりもありませんしぃ、調べてみたいんですがぁ……県内じゃないんですねぇ」
マサキ達の件があったため様々なリスクを冒し県境を越えてここまでやってきたが、それがひと段落した今戻るとなると膨大な時間とコストがかかるだろう。
だがしかしヒナ周りの調査をするにしても、彼女の生活圏もやはり赤烏駅周辺となるだろう。
やはり戻ることは避けられないという結論に至る。
「一旦図書館に出ようにも、図書館自体が既にああだし、それに本も正常に使えないから場所もほぼ指定できなくて危険すぎるんだよねー」
気だるそうなエーデル。喋り方はともかく座り方は品のいいエマに対し、堂々と背もたれに背を預け足を組んでいる彼からは謙虚さや清貧さは欠片も感じられず、あまり天使と呼びたくない姿だ。
「あとまぁ、多分世界中でここくらいしか無事な場所はないんでしょうしぃ……。ここにいるのがバレるのも時間の問題ってところが怖いですよねぇ。今まで拠点の開拓も考えたんですけどぉ、やっぱり手は回らないですよねぇ」
想像よりはるかに問題は山積みで、どうやらアカリ達はかなり追い込まれているようである。
「神子って言うけど、それって何なの?」
「うーん……まあイオヴェニルの依代……神の代行者……そんなところですかねぇ? 世界に絶望して死んだ人間の中から選ばれるはずなので、お話に出てきたヒナさんは割と条件に合ってると思うんですよぉ。世界規模で見たらいじめくらいで絶望って何だって話になると思うんですけどぉ、その内容はわからない上に本人が死を選ぶほど苦しんだのは事実なわけですしぃ」
うーん、と唸りながらの返答。少し考えてから、エマが再び口を開く。
「私だけだとどうにもできなかったんですけど、エーデルさん達が来てくれたのはすっごく嬉しいですぅ。現状打破のためには神子及びイオヴェニルの発見と撃破、もしくはレネティース様の発見と接触、より強い加護を与えてもらう事なんですけどぉ……私達だけじゃ確実にどうにもなりませんでしたからぁ」
「前者だったらイオヴェニルが拠点にしてそうな世界……まあもしそのヒナって子が神子ならここ、カルールクリスを探索する事になるよねー。後者なら狭間の図書館から女神様を見つけ出す。見たと思うけどぶっちゃけ敵の密度がやばいし、全部の空間がああなってる以上最悪レネティース様じゃなくてアトレイルの方に遭遇するかもしれない危険まであるんだよねー」
危険度も高く、現状たどり着く手がかりは皆無。
そうなると、暗にエーデルが言うように必然的に取り組むべきは前者となるわけだ。
「また赤烏駅を目指す事になる……のかな」
「どうせなら道中ちょっと寄り道してでもイオヴェニルと関係ありそうなところは潰していくけどねー。ハズレならハズレでよし、結界張って拠点にしてく」
後ろの方に控えていた統一感のない黒服たちが、あらかじめ所持していたらしい大ぶりな石を持ち出して会議室のテーブルに乗せる。
人間の頭部ほどの大きさの虹色に輝くそれは、確かに結界なり何なりを張ってくれそうな神々しさを持ち合わせている。
「また再び東を目指しつつ、拠点を作っていく……か」
「それからシオンちゃん、拠点から拠点の瞬間移動を可能にするために君の協力が不可欠なんだけど、いいー?」
声をかけられたのが意外だったのか、シオンが若干驚いた様子でエーデルを振り返る。
「この教会と各拠点、シオンちゃんの持つ小世界を繋げてほしいんだよねー。そうなれば簡単に移動できるし、レネティース様の力が働いてる場所に長時間いられないシオンちゃんも安全に待機できる場所が確保できるって訳。あんまり立ち入られたくない場所なんだろうけど、せめてイオヴェニルを倒すまでは我慢して協力してほしいかなー」
エーデルの要求を一通り聞いた後、悪魔はさして悩まずに「構わないのだよ」と答えていた。
内心はどうだか知らないが、ここにいる面子で協力しあわなければじき全滅するのは目に見えているため、断る方がデメリットが大きいのだろう。
「んじゃー決まりだねー。神社とかがあればイオヴェニルの力場になってそうだし、重点的に襲撃して占拠してこっかー。それで赤烏駅方面を目指しつつ、到着したらそのヒナって子の事を調べ始めよー」
その一言を皮切りに、それぞれ今後の行動の準備のため席を立つ。
アカリ達もまた遠征のための物資や装備を整えるため、教会側から繋がる武器庫へと案内されることになった。
†
「な、なんか慣れないな……」
アカリは廊下を歩きつつ、自らの恰好を見下ろして複雑そうな表情を浮かべる。
どうやらアデルも同様のようで、同じような挙動をしていた彼と目が合って苦笑した。
身軽さを重視かつレネティースの力では逆に弱体化する場合が多いシオンのみあまり装備が変わらなかったが、彼という例外を除けば全員がおしなべて重装備になっている。
アカリは武器以外――金属鎧や金属製の盾を纏っているし、アデルもまた革鎧なのは変わらないものの装飾性や強度、高級感が明らかに増している。武器もややリーチが伸びていたりし、互いに不慣れさが染み出ていた。
装備に大幅な変化があったのはフィルもまた同じ筈なのだが、何故か彼はひどく様になっていた。
革鎧が僧服の内側にあり目立たないというのもあるかもしれないが、その僧服自体がより重厚になっている。
その上メイスも天使たちが所持しているものをやや小ぶりにしたような、より神秘性と絢爛さを増したそれに持ち帰られているものの違和感はほぼゼロだ。
「……うーん、やっぱりレネティースに仕える身、だからかなぁ……」
この差が生まれた原因を、そう一言で結論づけてみるアカリ。
だが、言葉に表せない妙な感情が心にしこりとなって残っている事に気づいていた。
別に支給品に対して似合う似合わないで嫉妬しているつもりもないのだが、あえて言うなれば微かな違和感――あえて言うなれば似合い過ぎているからこそ感じる違和感を感じていた。
様になりすぎている。
だが偶然だろうし、この言い知れない不安が一体何を意味するのか自分でもわからずにいた。
ふと、視線を向け続けていたことに気が付いたのか当の本人が不思議そうに振り返ってきた。
「……アカリ? どうかしましたか……? それよりこれから駅近くの『おてら』に向かうそうですけど……『おてら』って何です?」
そして唐突に投げかけられた質問。
意識がそちらに向いたため、以降はそんな些細かつ理由のわからない感情に振り回されることにはならなかった。




