昼月駅→朧駅
特急からローカル線のホームに移動して線路を確認すれば、片側がすぐ山の中に突入しているのが見えた。
ホームの時点で既に短い草木に浸食されつつある錆の目立つそれは、ホームを離れれば離れるほど目に見えて背丈の高い草に埋もれていく。
否、実際埋もれていたら列車の運行に差し障るため線路そのものはぎりぎりで露出しているのだろうが、都会の平坦かつ舗装された道ばかり見慣れている者達にはそう見えてしまって仕方がない。
「まあ今回は電車に乗らないし、埋もれてても関係ないんだけど」
もしかしたらまめざくらのように、この路線も運行しているのかもしれない。
だが、いつ来るかもわからない上乗れば何が起きるかわからない以上、一駅間のためにリスクを冒すくらいなら徒歩で行った方が確実だろうという見解だった。
「まあ、歩きにくそうではありますね……。あの、もし足手まといになるようでしたらシオンと見張りを交代しましょうか」
真っ先に足場の悪さについて言及したのはやはり、フィルだ。
選手交代の提案についても、機動力と体力の面から見て明らかに劣るという点において妥当だろう。
「足手まといなんて事はないけど、そうだね……ここは体力勝負になりそうだし、エルフにはきついよね」
体力面で劣るとしても、神聖呪文の扱いにおいては専門である彼が最も秀でているのは事実だが、今回に関しては時間が限られている。
多少の安定性や安全性よりも、機動力を取らねばマサキやユイをそれだけ危険にさらしてしまうかもしれないのだ。
よって、フィルの提案通りに彼とシオンが交代して先に進む事になった。
「なーんかさぁ、入る前からヤな気配がしてるよねー。あれ見える?」
パーティを入れ替えた後は、道が細いため線路上を一列になって進むことになった。
足場の悪さの影響を受けないエーデルとシオンが先頭と最後尾を務めることになり、いざ進み始めたところで前者が遠くに見える山道を指さした。
「また鳥居……しかもあんなに……」
単に多くの鳥居が存在するだけなら、昼月駅でも目にしている。
だが駅前で見たのはそれらが均一に並べられた光景だ。
今目にしているのは、無秩序あるいは無作為に乱立した無数の鳥居が森の中から頭を出しているという状態。
一つだけ孤立するように配置された一画もあれば、どういう順序で通れば良いのかまるで想像がつかない程、ばらばらの角度で密集している一画もある。
「何のために配置されてるんだろう……」
「ふむ、確か鳥居は神域への入口を表すものだったかね? 正解はあれを作り上げた者にしかわからないが、理性をかなぐり捨てて神の領域へ至りたいという願望を具現化したらあるいは、ああなるのかもしれないね」
願うまま、思うままを理性でフィルタリングせずそのままの形で吐き出した風景。
シオンが言ったようなものだと思ってアカリももう一度山の風景を見てみれば、確かにそうかもしれないという納得がうっすら沸いてきた。
「鳥居なんかどうだっていいだろ。今はひたすら線路を伝えばいいんだからよ」
この中で最も信仰や精神の在り方に興味がなさそうなアデルが、その印象を裏切らない微塵も関心のなさそうな調子で言い捨てる。
見た目だけで不安を煽ってくる光景をバッサリと切り捨ててくれる態度は、ある意味この場では一番頼もしく感じられた。
「……だね、森を掻き分ける予定もないし……」
もはや森と呼んでいいだろう密集した木々に挟まれた道ではあるが、左右どちらにも立ち入らず次の駅まで辿り着けるはずだ。
結局は気にせずに進み、御月ワイナリーを目指すだけの話である。
先頭を行くエーデルが歩き出し、アデルもまたそれに続く。
アカリは彼とシオンに挟まれる形で進むことになるが、気にしないようにしようと決めたにも関わらず数分も経てば線路を跨いで経つ黒い鳥居に遭遇する羽目になった。
「……注意した方がいいかもねー。見てよ、アレ」
アデルとエーデルの身長差のせいで、アカリからは指先しか見えなかった。
が、かろうじて見えた白い手袋に包まれたそれが指差す先を仰ぐ。
鳥居をくぐった先の山々は、一見するとそれ以前と変わりない赤い桜と黒い鳥居ばかりの風景だ。
だが、その鳥居の上にいくつもの光が見える。
よくよく目をこらして見てみれば、それは炎を纏った三本足のカラスらしい。
「八咫烏……って呼んでいいかわからないけど、明らかに太陽に関係ありそうではあるよね」
件の幻獣について神話やファンタジー作品などで、特に炎を纏っているという記述は多く見なかったような気がするが、三本足のカラスとくれば八咫烏以外に思い当たる名前がない。
「鳥居をくぐれば神域、か……。私達のような侵入者を見張っているのかね」
「あれだけ人間ドロドロにしといて、普通は侵入者なんか来ないだろうにねー。……まあ、僕ら天使や悪魔が来る可能性を考えてんのかなー?」
今のところ火の鳥がこちらに気づく様子はなさそうだ。
エーデルが姿勢を低くしたり死角を探したり色々試行錯誤しているようだが、鳥居の先はやや道が広くなるため無駄だと察したようだ。
「山に入るとそれこそ何が起きるか解らねえし、諦めて突っ切った方がいいだろうな」
隠密の得意なアデルからもそんな意見が出るなら、もはや戦闘は避けられそうになかった。
全員が武器を構え、覚悟を決めて一歩を踏み出す。
「――!」
境界線である鳥居をくぐれば、一瞬で空気が変わった事に気がついた。
木々の匂いが濃密になり、空気が異様に澄んで木の葉のざわめく音がよく通る。
――ギャア、ギャア……。
カラス達の鳴き声もまた、周囲によく響き渡った。
高所からこちらを見下ろし、三本足を離してこちらに急降下を仕掛けてくる。
想定してこそいたが、やはり実際に未知の相手との戦いに臨むと緊張するものだ。
他の三人の心情がどうなっているか知らないが、アカリは剣の柄を握りしめる手にうっすらと汗をかいていた。
「軌道が単純すぎて――っ、熱……!」
最初の突進を受けたアデルが難なくカラスを空中で一刀両断して見せるが、その瞬間に絶命した魔物が炎となって周囲に飛び散り軽く服や鎧を焼く。
知っていれば大したことのない軽い自爆攻撃だが、これが複数になったり何度も続けば少なくはない消耗を強いられることだろう。
「あーもう厄介だな……セラフィックアーマー!」
「これで少しは火の勢いが消えればいいがね……アクアウェポン!」
エーデルとシオンがそれぞれ補助魔法をパーティ全員にかけ始める。
前者によって堅牢性が増し、後者によって武器に水属性が付与された。
術を受けたアカリとアデルがそれぞれカラスを撃破するが、刃が触れた瞬間に切り口付近が消火され、格段に減った炎の飛沫も肉体に纏う不可視の防護壁によってほとんど防がれている。
「さすが、頼もしい……! けど、一匹ずつ倒してたらキリがないかな? いっそもう少し広い場所まで……あるかな? 最悪駅前になるけど、誘導して一気に片づけよっか!」
煩わしい鳥の体当たり攻撃を盾で防ぎつつ、アカリは仲間にそう声をかけて再び線路沿いに走り出す。
それに続いて全員が踵を返し、一気に駅の方角を目指す方針となった。




