これから目指す場所
「うわ、ビビらせんじゃねえよ……って、あのランタンってアカリが持ってた奴じゃねえ?」
「みたい、ですねぇ……。部屋に入れて欲しいのでしょうか?」
アカリに続いて、そのランタンを見た事のあるアデルとフィルが窓の外を見て次々に反応を示す。
「……何故今動き出したのかね……? 再びアカリ殿をどこかに導こうとでもしているのか……」
シオンもまた考え始めたが、ふと思いついたように顔を上げてアカリに向き直った。
「アカリ殿、あれはどこで手に入れたものだったかね?」
「え? 御月ワイナリーって場所だよ。ほら、あたしがいつも持ってる飴玉を作ってる場所で……」
言いながら、今も常備している不織布の袋を出して見せた。
中で淡い黄緑色の小玉が微かに転がる。
それを見てやや食い気味な反応を示したのはエーデルだった。
「……んー? 見ただけじゃ確証がないけど……ひょっとしてそれ、この中の誰かに食べさせたりした?」
「え? そういえばシオン以外にはあげたかも……」
自主的に差し出した相手はフィルとアデルのみだが、マサキとユイも勝手に盗み食いをしていた筈だ、と変なところで血筋を感じさせる二人の行動を思い返す。
何故こんな事を訊くのか疑問に思い天使を見遣ると、彼はひとしきり何かを考えたり納得した後、顔を上げていた。
「……アデルンはフィルるんから月の加護を日常的に受けていたし、フィルるん本人もそう。僕やシオンちゃんは元々月や星の神の力が働いてるからわかるとして、何でそこの人間三人がその程度の侵食で済んでるのかすっごい疑問だったけど……その飴が原因だったのかー」
全員の視線がアカリの手にある小袋に集まる中、天使は語り続ける。
シオンのみ何かを察したようで頷いていたが、アカリを含めた他全員はエーデルの言いたい事がまるで解らないといった様子であり、それに気づいた天使が何から話すか考え込み始める。
が、軽く首を捻って数秒してから口を開き。
「多分、っていうか絶対その御月ワイナリーってレネティース教会だよ。カルールクリスでは宗教ってそんなに力を持たないし、下手な事をしたら人外扱いでしょ? だから飲食物の形で人々に加護を与えるためにワイナリーって形を取ってるんだと思う。で、それを常用してるアカリンは強い加護を受けていたし、ちょっと食べただけの二人もぎりぎり正気までは失わなかったと」
信じられない思いで手元を見下ろすが、確かに今にして思えば――と、ホームページの写真で見たワイナリーがステンドグラスを用いた外装で教会みたいだと思ったり、商品ページにあるワインには金の箔押しがなされた深い色の古紙風のラベルが貼られ妙に幻想的なデザインだと思った記憶が去来した。
正直、もしカルールクリスにレネティース教が自然な形で潜伏しているとすれば御月ワイナリー以外に思いつかない。
「アカリ殿がここに来るために使った入口がまだアカリ殿の生活圏内に存在するならば、そこから件のワイナリーを目指せば良いのではないかね?」
シオンの一言に、マサキのみならずフィルやアデルにもそれぞれ希望が宿る顔。
アドロスピア等の世界から来た者には恐らくネットショッピングのイメージがつかず、直接飴を購入できる距離にワイナリーがあると思っているのだろう。
そう容易く想像がついてしまうため、アカリの表情は曇ったままである。
「あの……買い物って直接店舗に行くイメージしかないかもだけど……あたしの家からだと御月ワイナリーは相当遠いんだ……。特急列車を使わないと行けない隣の県にあって……多分、どう頑張っても三日はかかると思う」
そもそも直接行った事がない上、特別急行列車を使う事が前提の距離だ。
隣県には山も多く、また行った事もない道を通り迷いながら行くとなるとどう少なく見積もってもそれくらいはかかってしまうだろう。
「まあでも、強制ランダムワープに加えて一から教会を探さなきゃならないよりは百倍マシだし確実だよー。やるじゃんアカリン、そうと決まれば早速御月ワイナリーを目指そうよ」
浮かない顔の面々に対し、エーデルのみは迷いがない。
一旦ベッドの縁に降ろしていた腰を上げ、マイペースに大きく伸びをしていた。
「三日……ですか。マサキさんとユイさんは大丈夫なのでしょうか……」
「そりゃ正直怪しいけど、迷ってる方がヤバイでしょー。まあどっちみち僕は各拠点を探さないといけないし、折角だからここから行くとするよー。君達も覚悟決まったら協力してよね、何が出るかわかんないんだしさー」
天使がエルフに答えたように、何が起きるか解らない。
概算で三日程度と言ったものの、それは想定外の問題が起きなければの話だ。
不安要素など数えればキリがないが、それでもやはり今マサキやユイを救う最善の方法はこれしかないと誰もが納得したのだろう。
じき全員の眼差しに決意が宿り、誰からともなく準備や今後どう動くべきかと提案が飛び交い始めた。
†
「――じゃあその骨壺は持って移動すればいいかな? 外で敵に遭うかもしれないし、ここには誰か一人だけ残るって事で。あと道は解りやすさ重視で行くんだっけ?」
「うん、まあそれでもほとんど真っ直ぐになるし……そろそろ人が狂暴化しててもおかしくないなら、なるべく広い道を選んだ方がいいと思う」
数十分ほど話し合っただろうか。
その結果、恐らく骨壺が現在地への入口となっているだろうという推測のもと、それを持ってまずは赤烏駅を目指しあとはひたすら線路伝いに隣県にある朧駅へ向かうという方針が決定した。
飴袋に入れられたカードにはご丁寧に最寄り駅が書かれており、その駅――もとい朧駅は赤烏駅から特急列車一本で行ける昼月駅の一つ隣だ。
赤烏駅から昼月駅までは多少のブレはありつつもほとんど西へ一直線に線路が敷かれていたはずなので、そこまでは伝っていくのが一番迷わず、かつ近道になる。
昼月駅から朧駅まではやや北方面に山を越えていく事になるが、これもまた下手に近道をしようとして遭難したり、道路より視界の悪い山を通って思わぬ敵に遭遇するよりは線路伝いを選択した方が良いだろう。
出だしであるアカリの家から線路までの道に関してはアカリがよく知っており、行こうと思えば赤烏駅を飛ばして線路までたどり着く事もできるのだが――問題が三つあったため廃案となった。
一つ目、非常に狭い住宅街を長時間移動しなければならず、いくら少人数編成と言ってもフィル以外の機動力が高いため、あまりに身動きがとりづらすぎては戦闘力が大幅に落ちてしまう事。
二つ目、道中休める場所も食料等を調達できる場所も全くない事。
最後に三つ目だが、赤烏駅は特急列車以外にも数多くの路線が通っており、線路に途中から辿りついたところでどれが正解か非常にわかり辛い事。
よって最初だけは多少遠回りになるが赤烏駅は飛ばさずにきちんと経由し、路線図や途中駅を確認してから線路沿いの旅を行う事になった。
「……決まり、だね。今からだと赤烏駅より前までしか辿りつけないと思うけど、運がよければ食料も旅向きの道具も手に入る場所があるから、そこから持って行こう」
アカリの一声を合図と見なしたのか、室内に入れていたランタンが一際強く輝いて再び窓から飛び出していく。
この世界の勝手が解っているシオンのみ負傷者の傍に残り、他全員が後を追うように扉から外へと向かう。
最初にアカリ達が降りてきた白黒の森へと導かれる中、不意に――空に浮かぶ色とりどりの光から、赤く輝く剣が舞い降りてきた。
重量に似つかわしくない緩慢さで、それはアカリの手元へ。
「なんだか久しぶりな気がしますね」
「随分懐かしいもん見た気がするわ」
フィルとアデルもまた見覚えがあるそれは、古城でアカリが二人を救うために振るった精霊剣であった。
手元まで降りてきたそれの柄をしっかりと掴む。
浮力が消え全重量がアカリの手にかかれば、やはり重いとは感じる。
だが、心なしか最初に触れた時よりは幾分か軽い気がした。
最初の相棒を手に、空を見上げる。
アカリ、フィル、アデル、エーデルの四人はランタンと同色の光に包まれ、宙に浮いて銀の星々が作る道へとゆっくり浮上していった。




