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濃彩の書架

 †


 気が付けば、アカリはマサキやユイと共に銀の星々が浮かぶ漆黒の夜空の中を落下していた。


 星空とは言ったが、そこに見慣れた夜の群青色は存在しない。

 完全なる白と黒の世界であり、カルールクリスやアドロスピアで見た夜空とは似て非なるものだ。


 美しいと思わなくもないが、眺めているとあまりの無彩色ぶりに虚無感の方が多く心を侵食していく。


 それでも、思う。

 全ての生命が皮膚を、輪郭をぐずぐずに溶かされて肉体的にも精神的にも自分を失いながら彷徨(さまよ)い歩く地獄よりは、虚無と静寂の方が数倍マシであると。


 それに、どういう原理か全くわからないが――空気抵抗の変化で、落下速度が低下してきたと感じてからは星々以外にも見えるものが、色が増えて視界が賑やかになっていた。


 それはネックレスや指輪などの宝飾品であったり、剣や盾などの武具でもあり。はたまた人形であったり椅子であったりと、統一性のない品々。

 形状やそれから想定される用途だけでなく、これらは空や星と違い赤や青などそれぞれが持つ個性的な色の光を放っていた。


 それらが好き好きに宙に浮いている姿は、自由を謳歌しているような印象を受けて気分がいい。


「……ここ、どこなんだろう……」


 段々と冴えてきた頭が、半分今の状況に目を奪われながらも残り半分で訝しむ。

 確か母の部屋でガラスの骨壺を覗き込んだ筈だが、その後の記憶が途切れており全く思い出せない。


 そうこうしているうちに落下速度がさらに落ちていき、いつのまにか周囲の視界を真っ白な葉を茂らせた濃灰色の木々が覆い始め――程なくして、背に感じるごく軽い衝撃。


 どうやら辺りに広がる黒い土の上に落下したらしい。

微かに沈む柔らかい感触と、色こそ土にしてはあまりに黒すぎて凹凸すら曖昧で見えづらい割に、それと瞬時に解る()()()()()()()、逆に()()()すぎてうさん臭ささえ覚える匂いがそう思わせるのだ。


「……あっれー、まさかのアカリン登場じゃん。これどういう事ー?」


「……他の入口を見つけたのだろう。しかし、本当に来れるとは……他の誰かに入られると少々まずい事になるかもしれないね」


 ふと、木の影から聞き覚えのある声が二人分。

 驚いて、アカリは勢いよく半身を起こす。


「……エーデルに、シオン……? 何でここに、っていうかここは……?」


 髪や制服についた黒土を払う事も忘れてそのままに、予期せぬ再会に目を見開いて二人を交互に見遣る。

 かたや相変わらず張り付けたような薄ら笑い、かたや仮面で上半分が隠されているものの、引き結ばれた口元でわかる難しそうな表情。


 質問に答えたのは前者だ。


「名前をそのまんま読み上げれば『ルプニース』って場所でーす、になるけど。きっとそうじゃないよねー、けど何も知らない人に説明するとしたら何が適切かなー。とりあえずシオンちゃんが占領してるシオンちゃんだけの世界? 秘密基地ってやつー?」


 結論までが長い。

 相変わらずであるが実に冗長な話しぶりである。


 と思えば本人は話し終えると同時に隣の悪魔を振り返り、咎めるように目を細めていた。


「てかさ、思いっきり正規ルート以外で侵入者出てるよね。シオンちゃんここ防犯対策ガバガバすぎじゃなーい?」


「がば……こほん。君もその防犯対策が脆弱な小世界のお蔭で助かった一人だろう。……本当は誰も招きたくなかったのだが」


「僕だって君の人助けに協力したんだからおあいこじゃーん?」


 対してシオンは終始困ったり戸惑ったりといった様子で、あまり覇気が感じられない。

 だがそれ以上にアカリやマサキの方が状況がよく読めず混乱しているだろう、と気づいたのか――ほぼ同時に二人が向き直る。


「まあねー、そんなシオンちゃんの占領スポットに避難させざるをえない程、他の世界はぐっちゃぐちゃのドロッドロにされちゃってる訳。君達のいたカルールクリスもヤバイ状態になってたんでしょ?」


 ――ぐっちゃぐちゃの、ドロッドロ。

 実に稚拙な表現だが、それ故に端的で言わんとするところは解る。

 思わず()()()()()()()()()()()()()()()はここに至るまでに見た惨状を思い出し、表情を歪めた。


「……何故こうなったかはこの後落ち着いたら説明したいところだが、それは奥の方にいるフィル殿とアデル殿も交えてからの方が良いだろう。……奥にはフィル殿やエーデル殿がいる、再会を手放しで楽しめるような空気ではないが、ひとまず会いに行くと良いのだよ」


 無意識にアカリが反応し、顔を上げる。


「良かった、二人とも無事だったんだ……」


「二人ともほとんど無傷だったのだよ。……しかし、彼らはともかく君達が完全にやられていないのは……?」


 別世界もカルールクリスのようになっていると知り不安が募ったものの、どうやら真っ先に安否を確認したかった二人が無事らしいと知り安堵。

 と同時に、現状を教えてくれたシオンはそんなアカリを含めた三人が何故肉塊にされていないのか疑問で仕方ない様子だった。


「あー、なんかちょっとだけ予想がついたけど……まあそれは全員集まってから情報共有しようよー。そろそろそこの二人も限界みたいだしさー?」


 と、エーデルが指さした先。

 アカリが背後を振り向くと、いつの間にかマサキも気を失いユイの隣に倒れ込んでいた。


「えっ、創路(いつじ)君……!」


 これまで無理をし、恐らく体力の限界を迎えたのだろう。

 起きる気配はないが死んでいる訳ではないらしく、苦しそうではあるが呼吸はしているようだった。


「ひとまず、二人は私達が運ぶから君はついてきたまえ」


 シオンに促され、未だ戸惑いが消えないまま立ち上がり――アカリは木々に擁された広間状の空間を後にする。





「アカリ……! ……えっ、その二人は……マサキさんに、ユイさん……?」


「……やべえな、それ……全部溶けてねえだけマシと思うべきなのかも知れねえけどよ」


 黒い土に生える灰色の木々と、白い花々。

 そして時折目にする色のある物品の数々を通り抜けた先に、白と黒と灰だけで構成された屋敷を見つけた。


 内装もまた同じ色調だったので、割と大部屋にいたにも関わらずフィルとアデルの存在は扉を開いてすぐ見つける事ができた。

 彼らもまたアカリの無事をそれぞれに喜んだ様子ではあったが、シオンに背負われている少年とエーデルに抱えられている少女を見てその喜びも曇った様子。


「……うん、ここにいる皆だけでもこうならないでいてくれて良かったよ……」


 意図せず声が震えた。

 それこそ二人や、後ろの悪魔や天使までマサキ達のようになっていたら流石に立ち直れなかったかもしれない。


 彼らはアカリ達を通り過ぎ、負傷者二人をベッドに寝かせる。


「これだけ深く侵食されてると焼石に水かもだけど、僕とフィルるんで出来るだけ回復頑張ってみよっかー。んじゃシオンちゃんは後の説明をお願いねー」


 エーデルの提案に異論はないのかシオンのみが場所をあけ、代わりにフィルがベッドの方へ向かい天使と共に神に祈りを捧げ始める。

 白く神々しい光を放つ二人と目覚めない二人が気がかりで視線が向くが、やがて残されたアカリとアデルが前に出てきたシオンに向き直る。


「……さて、アデル殿は既に見てきたので説明は要らないと思われるが……狭間の図書館は今、『太陽神』の力によって浸食されている。並べられている世界の生死を問わず――つまり、元々どちらの書架に置かれていようがお構いなしに赤く染まり、カルールクリスがそうであったように存在そのものが蹂躙されている」


 語りながら、虚空に向けて手を(かざ)すシオン。

 何もない場所に四角く切り取られた淡い光が現れ、そこに現在の図書館が映り込む。


 ――遅れて音声も付随(ふずい)するが、そこはかつてアカリが訪れた場所とは思えない、地獄の様相を呈していた。


挿絵(By みてみん)


「……なん、……」


 まず、棚も床も本も赤く染まり血を流し続けている光景に言葉を失わざるを得ない。


 極彩の書架では本から聞こえていた各世界の声が、全て断末魔か脳を一部持っていかれた者が発しているとしか思えない支離滅裂な独り言に変貌していた。


 そこまで認識しただけでも絶句していたが、棚の中の本ばかり見ていたアカリは床の異常性にも気づいてしまう。

 誰もいない筈なのに赤い足跡がつき、やがては消えていく。

 絶叫に掻き消され気味だが、その湿った足音はそう遠くない過去に感じた恐怖――コキアケ様のそれに酷似していた。


 それも、一体ではない。よくよく見れば少し離れた場所でも発生している。

 今切り取られた画面内には恐らく二体しかいないが、図書館全体にはこの姿の見えない化け物が何体いるというのだろう。


「……一応魔術で無理やり姿を現させる事もできたのだが、いかんせん数が多すぎてだね。同じく図書館にいたエーデル殿と共に、フィル殿とアデル殿を救出するので精一杯で……とてもではないがそれ以上見て回る事などできず……やむを得ず、ルプニースに全員を避難させるしかなくてだね」


 このルプニースと呼ばれる世界には侵食の様子が見られないが、一体どういう世界なのだろう。

 それに、太陽神とは何か。

 図書館の現状を確認したところで、これらを質問としてシオンにぶつけてみる。


「……ふむ、まずこの世界の構成から話さなくてはならないね……長くなるが、心して聞いてくれたまえ」


 長話が得意な訳ではないが、アカリに頷かない理由はない。

 術の効果が切れ、消えかかっている映像をもう一度振り返って――目を逸らしたくなる程の赤が夢でない事を確認してから、シオンの話に耳を傾け続けた。


挿絵(By みてみん)

これにて三章終了となります。

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