カラオケにて
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「創路君、すっごい食べるね……そんなに大食漢だったっけ?」
「いや、空腹なんひぇめっひゃ美味いっふね! ほれにふぁいせんと一緒らと生ひたここひふぁすふー!」
「うんゴメン、食べ終わってから喋って」
放課後、アカリとマサキはすぐに学校を出て最寄りの赤烏駅へと向かった。
赤烏は一部では迷宮と呼ばれる程の大きな駅であり、通う路線の数は日本一だ。
そのため駅周辺は栄えており、カラオケボックスの類も有名チェーン店からマイナーな店まで数多く存在しており、今アカリ達がいるのもその内の一つである。
格安のため学生に人気のこの店は、料理やドリンクのサービスを一切なくし飲食物持ち込み可にして人件費を削減しているのだろう。
機材だけはそれなりにしっかりしているが内装が手狭で非常に古めかしいという、何ともアンバランスな空間。
おまけにマサキが昼に食べられなかったらしい弁当とさらにコンビニで買い足した弁当、さらには菓子類までテーブルに置くものだから圧迫感が割増になっている。
――だが、それでも今の学校にいるよりはよほど快適だ。
アカリもそう思っていたし、何となくマサキの様子からして彼もそう思っているような気がしていた。
「まあ創路君、随分飢えてるみたいだから食べてる間にあたしから話すね」
無論これから話す内容こそが、学校から一秒でも早く下校したいと思わせる最大かつ唯一の要因である。
「結論から言うとね、あたしのクラスではコキアケ様に直接関わった人はゼロだった。他のクラスにも数人聞きにいったけど、皆共通して『後輩がそんな事言ってたような気がする』としか言わないんだよね……三年生だけは調査出来てないけど、ここまで極端だともう一年生の間だけで流行ってるって思っていいんじゃないかな。……でね、」
無意識に表情が曇る。
声音もまた同様であっただろう。
「コキアケ様の電話番号なんだけどね……それ、去年あたしのクラスメイトだった女子の番号みたい。いじめてた張本人から聞いたし、多分あの感じは嘘じゃないと思う」
箸から唐揚げを弁当箱に落とし、此方を二度見するマサキの気持ちが解らないでもない。
赤の他人からしても気味の悪い話に他ならないだろう。
「あれ? つーか先輩って去年も六組だったとか言ってませんでした?」
「うん、一年六組だよ」
今年マサキが通う教室に、去年アカリとヒナが通っていた訳だ。
猶更不気味なのだろう、眼前の彼は「うへえ」などと嫌悪感もあらわに唸りながら額を押さえている。
「あー、俺の方でも解ったんすけど、やっぱり一年生の間じゃそこそこ有名な話だし、関わってる人も多かったんすよね……でも、やっぱり六組だけ人数が比じゃないくらい多いっていうか……なんか先輩の話ってそれと関係あんのかなって嫌でも考えるっすね」
一旦箸を置き、腕を組んで難しい表情を作る後輩。
曰く付きの教室に現在通っているのは彼の方なので、どう声をかけたら良いか迷っている間に再び彼が語り出した。
「まあそれもめっちゃ怖えーんすけど、……あー……」
だがしかし突然目を逸らし、言葉の歯切れが悪くなっていく。
アカリが怪訝そうに首を傾げる傍ら、彼は意を決したように顔を上げた。
「……あのー、本当はこういうの人に言うって最低だと思うんですけど、状況が状況なんで言うっすね……今日の昼休みなんすけど、オレ……その、据石に……告白されて……」
今度はアカリがメモ代わりに使っていた手元のスマホを取り落とす番だった。
「……え? ああうん……? びっくりしたけど、おめでとう……なのかな?」
「……いや、断ったっすよ。なんかこう、据石の事は好きっすけど異性としては何か違うなって……」
両者、暫しの沈黙。
俯いたままのマサキ。
「そ、そうなんだ……でもそれとコキアケ様って関係ある?」
「据石が何か別人みたいなんすよ」
少年が両肘を古びたテーブルについて、呻くように呟く。
「不自然なくらい冷静なんすよ……コキアケ様が昨日の夜から出なくなったって言ってたけど、いくら噂でもう来ないって言われててもそれ一回だけで完全に安心したりします? 少しくらい不安になるもんじゃないっすか? 告白だって、やけにさらっとしてるし断っても全然何も感じてなさそうで……俺がもし据石の立場だったら、振られたりしたらどんなに取り繕っても動揺するっすよ? じゃあ単に俺の事からかって好きでもないのに告白したのかって思っても、据石はそんな事しそうにないし……」
アカリも据石の心情を想像してみるが、やはり冗談で告白などをする手合いには思えなかった。
それに――据石が本当にマサキに恋愛感情を持っていたというのも、今にして思えばではあるが本当だと思うからだ。
無論告白に驚いたくらいなので今までも確証はなく、もしかするとそうなのかという程度にしか思えていなかった。
が、部活内でも比較的マサキに話しかける比率が多いように感じるし、コキアケ様の一件にしても同じ一年生の部員にそこそこは仲の良い女子生徒がいた筈だ。
それ以外にも可能性を考えるきっかけは存在したが、一番印象に残っているのが――
「……いや、少なくとも一昨日までの据石さんは本当に創路君の事が好きだったと思う。ほら、部活のメンバー全員でTRPGショップに行った事あったでしょ? それでキーホルダーを買ってる時、据石さんが一番買うの遅かったよね。選んでる時、なんか創路君の事見てた気がしたんだ」
その話題を口に出した時、ふと何かに気づいたらしいマサキの顔が上がる。
「……そういや、まさにそのキーホルダーなんすけど。今日の朝に音楽室で拾ったって他の生徒に渡されたんすよね……据石は昨日の放課後に吹奏楽部と話したって言ってたけど、それならその日の内に気づかれて拾われないっすかね……?」
マサキもアカリも、互いに自前のキーホルダーを取り出して観察してみる。
チャーム部分は半透明のアクリル素材で、複数連なっているそれらはいずれも目立つ蛍光色ばかりだった。
蛍光灯のついた室内で、しかも部活で二桁の人数が使用している教室で、これを見落とすとは到底思えない。
ならば、落とした時刻が夕方ではなかったとしたらどうか。
誰も気づきようがない夜中に落として、早朝になってから気づかれたのではないか。
――何故、夜中の音楽室に据石がいて、その翌日にまるで別人のように変貌してしまったのか。
「……ねえ、コキアケ様が来なくなったってさ、全部本人からの証言だよね」
恐る恐る、アカリが口を開く。
浮上した仮説。
出来れば正解であってほしくない。
「本当は来なかったんじゃなくて、コキアケ様に辿りつかれて……音楽室に連れ去られて、本物は消されたんじゃないの」
もしそうだとすれば音楽室に立ち入った理由も、落とし物が朝まで見つからなかった理由も急に恐怖が消えて別人のようになった理由も納得がいく。
本来なら出せない勇気が出るようになったというのも、そもそも本人でなければ勇気を出すに至る迷いも葛藤も何も関係ないのだから、いくらでも叶えようがある。
けれど、それは本物の据石望美の存在が綺麗さっぱり消失してしまった事に他ならない。
それに、他人事ではないのだ。
「……嘘だろ……っつーか、それって据石もっすけど……何なら次はオレらの番って事っすよね……」
「……うん」
幾度目か解らない、重苦しい沈黙。
アカリは俯きマサキは頭を抱えたが――両者とも、これで絶望して何も出来ないままでいる人種ではなかった。
再び顔を上げた時、どちらの目にも決意が宿っている。
「……そういえば、今日家庭科室の窓の鍵が壊れたって知ってる? 丁度今日、あたしのクラスの六限が家庭科だったんだけど……最近寒いから全然窓開けてなかったでしょ? 老朽化に気づけなかったみたいで、先生が偶然開けようとしたら金具が外れちゃって」
「いや、流石に知らないっす。けどそれって……」
やはりというか、ほぼ二人の下校直前の話でありマサキには知る由もない話だった。
彼の方を見て小さく頷いた後、アカリは真剣な顔で話を続ける。
「で、その時先生が言ってたんだけど、もう今からじゃ業者を呼ぶのに間に合わないから直すのは明日の朝になるだろうなって言ってたの。つまりこれって、今日の夜だったら学校に忍び込めるって事じゃない? 警備とかは気になるけど……このチャンスを逃したら夜の音楽室で何が起こってるのかも解らないと思うし」
家庭科室どころか敷地内に入った瞬間にレーザーセンサーで即発報、という可能性も大いにあるが、それならそれでコキアケ様は人間と同じ侵入方法を用いないという結論が出せる。
コキアケ様自体は人外なので何かしらの方法でセンサーを潜り抜けるとしても、もし推測の通り人間を連れているならそちらが必ず検知される筈だからだ。
「……やりましょ、今日しかチャンスがないなら迷ってる時間も残されてなさそうだし」
据石がコキアケ様に関わってからこうなるまで、恐らく一週間も経過していない。
補導もろもろのリスクを恐れて学校で何が起きているか調べる千載一遇のチャンスを逃すまいと、そんな意思がかち合った両者の視線に込められていた。
互いに頷いて、無言の了解が互いに発生したところでアカリが席を立とうとするが――何故か、マサキがそれを制止した。
「どうしたの? お互いすぐ帰って準備を始めた方がいいんじゃ」
「まあまあ、全く余裕ない訳じゃないですし。ここの所辛気臭い話ばっかりだから、一回くらい歌って気分転換してから帰りましょー!」
強引に後輩からマイクを渡されて戸惑うも、確かに彼の言う通りここ最近は気が滅入ってばかりである。
夜からはまた緊張と恐怖を味わう事になるだろうと思うと、半ばヤケにもなるというものである。
そしてアカリはマサキがリモコンで指定したアニソンを何も考えず、二人で熱唱してしまった。
まさかそれを彼が思い出などと称してCDにする機能を選択していたとは思わず、会計の際に出された円盤を見て顔から火が出そうになったのは後の話。




