※再戦
館全体の窓や扉、その他出入り口が閉じられていく。
ただし、ホール周りの扉だけは外に直通となる玄関以外は全開にしてあった。
これは連なっている他の部屋から侵入があった際、廊下や部屋に一定の広さがある事を活かし敵が接近する前に発見し迎撃するためだ。
ホールに集まった人々は魔法石を囲んで輪になるようにして、周囲を警戒していた。
アカリ達はその四方に散っているような状態で、廊下にはシオンが通過すると術が発動する魔法陣を仕掛けてある。
遠距離から攻撃の出来る彼とフィルは廊下側に近い位置に、そうではないアカリとアデルが外と扉一枚でしか隔てられていない玄関側に立っている。
――日はもう、殆ど完全に落ちた。
しんと静まり返り、誰もが警戒心を怠らない。
だから、鳴子が最初に鳴った音を聴き逃した者は存在しなかっただろう。
「――! 来た……!」
「日没と共にお出ましってパターンは変わらねぇのな」
「アンデッド型の魔物だから、今が一番力を発揮出来るのだろう」
会話の最後はシオンだったが、その発言が終わり切らない内に食堂の窓が叩き割られる。
硝子が飛散する音もまだ止まぬうちに、南瓜頭の傀儡達が次々と食堂に乗りこんでくる。
かと思えば今度は中庭側や二階の奥からも爆発音が轟き、次々と硝子片を踏み鳴らす気配が増えていき――ついに玄関の大扉も大きく振動し、頑丈だった筈の高級木材が一瞬にして瓦礫と化した。
「よぉお前らぁー、俺の知名度に貢献する心の準備は出来てるかぁー?」
最初に出会った時と同じかそれ以上に高慢かつ愉悦にまみれた、下卑た哄笑と共に真正面から見覚えのある長躯が登場した。
恐怖と緊張こそあれ、まだ不快感を持っていられるだけアカリは背後の恐れ戦く民衆より心を強く持てているのだろうか。
「誰があんたなんかのために死んでやるもんか……!」
出会い頭に飛んできた石礫を盾で防ぎつつ間合いを詰め、後方から飛んできた属性付与の魔法で炎を纏った剣をリッチに叩き付けた。
「世の中ってのは弱肉強食だからなぁー、お前みたいな取るに足らない小娘の意見なんか米粒程の価値もねえの、お分かり?」
同じく炎を纏った剣を別方向から薙ぎにかかったアデルと共に、リッチの周辺に吹き荒れた魔力の風によって吹き飛ばされてしまう。
だが人々の群れに突っ込んでしまわぬよう何とか着地して踏ん張り、再び傀儡達の長に突進していく。
大きく振り降ろした剣は飛び込んできた南瓜頭に受け止められ、その横を潜り抜けたアデルの連撃もまた金の長杖に防がれた。
そのまま杖を振るってバランスを崩されたアデルの元に闇色の槍が降り注ぐが、彼が器用に地を蹴り宙返りがてらに後退する事で全て避けたのを視界の端で確認しながらアカリが魔物の懐に飛び込んでいく。
アデルの攻撃を防ぐために持ち上がった杖の下に飛び込み、ローブの隙間から覗く肋骨に向けて剣を突き出す。
が、切っ先が届く寸前で杖が振り降ろされ背に打撃を受けて床に叩き付けられてしまった。
全身を鋭い痛みが襲うも、すぐさま追撃が来る前に横に転がって間合いから逃れておく。
予想通り元いた場所から岩槍が突き出る様子を回る視界で見届け、アドロスピアに来た時にシオンに立ち回り方を直接教わる事にした自分の判断力を内心で褒めておいた。
「ちょこまかとうぜぇー……やっぱコレが一番俺の性に合ってるわ!」
金杖を振り上げると、その先端に据えられた南瓜頭が嗤いだす。
周囲に散っていた傀儡達の手に金古美に統一された楽器が現れ、昨日の迷宮内で流れていた演奏と歌唱が始まる。
「来ました! 皆さんは中央に寄ってください!」
周囲に満ちる邪悪な気配。
精神を掻き乱し、幻覚の世界へと誘おうとする悪意が肌に触れる。
だが、中心で死守している魔法石の周りに集めた人々を月光を思わせる青白い光が包み込んでいく。
アデルもアカリもその中に飛び込み魔の手から逃れ切り、どうやら一撃の威力に賭けていたらしく長くは持続しなかった音の魔術が消え入るのを感じると、魔物を接近させぬよう再び前方に飛び出していった。
「……まこ、……」
「……、これが、……の……?」
しかし、逃げ遅れたらしい二人――ユイとシオンの様子がおかしい。
その他にも加護がかかりきらず、人々のうち数名が術中に嵌ってしまったようだ。
一瞬二人は気を取られかけたが、いずれにしても治療はフィルにしか出来ない事だ。
それよりも魔物を喰いとめる方が先決と、互いに目配せをして頷きながら同時にリッチに切り込んでいく。
「いい加減うぜぇなー、とっとと消えな!」
存外にしぶといアカリ達に段々苛立ちが募ってきたのか、叫び散らしながら大きく杖を振り上げた。
雷光が迸り、高速で背後からアカリとアデルを襲う。
「――きゃぁああっ!」
「っ、がぁあっ!」
前方にばかり注意を払っていた二人はどちらもそれを避ける事が出来ず、殆ど直撃して地に転げてしまう。
「はーい、前衛崩壊ー。んじゃとっとと後ろのひ弱そうなのを虐殺するか……ん?」
そう呟いて地に伏せた二人から残りの面々へと視線を移すも、一瞬治療されたらしい悪魔が此方に手を伸ばしているのが見えただけで視界が切り替わった。
どうやら何者かと視界を共有しているらしく、意図としては正常な視野を与えない事で攻撃の手を止めさせたり鈍らせたりするつもりなのだろうか。
「なんだこれ? 視界が……いやいや、お前馬鹿だろ。見えなくなったところで無差別に虐殺していけば――!?」
そこでふと、気が付いた。
周りの光景がこの中の誰かが見る領主館ではなく、自分|が元いた世界の、それも元々住んでいた安っぽい古アパートであるという事に。
そこには、風呂場で首を吊り濁った瞳で虚空を眺める自分がいる。
甥である創路柾が見た事もない程に取り乱しながら、それでも視界の主を庇って外に出そうとする。
――妙に低い視線。
術が解けて視界が元に戻った時、思わず杖を取り落としていた。
そして、無意識にこの場の全員を見渡している。
そして、左頬に泣き黒子がある黒髪黒目の女に目が留まった。
†
――創路誠、享年三十五歳。
自宅の風呂場にて首を吊り自死。
職場の人間によると、以前から鬱病と思われる兆候が見られたらしい。
創路誠の学生時代は、別段周りから劣っている訳でもなく成績は中の上くらいだったと思われる。
体育が若干苦手ではあったが、それでも彼より下は必ず存在した。
所謂平凡な男子学生という人種だっただろうし、家庭内では常に優秀な兄と比べられて劣等感を植え付けられていたものの――まあ平凡だからこそ平凡な人生を送れるだろうと思っていた。
だが、大学生生活後半あたりから人生に不穏な影が見え隠れし始める。
やれ外国の銀行が破綻しただとか何とか学生からすればその程度の認識しかない遠い出来事の連鎖ではあったが、とにかく世界的に経済状況が悪化し就職難だと言われる年が到来したのである。
それが丁度誠の就職活動の時期に重なっており、百社以上面接を受けたが全て断られてしまう結果となった。
元々人と関わるのはそこまで得意でなかったため事務系や技術系の仕事に就きたかったが、結局非正規かつ苦手なサービス業でしか雇われず、フリーターとして生活する事になった。
実家にいればエリートコースを順調に進み、同じく優秀な女性と結婚したばかりの兄と比べられ疎まれるのは目に見えていたため、生活が苦しいにも関わらず逃げるように一人暮らしの道を選んだ。
元々合わないコンビニ勤務は次第に精神を蝕み、余計なミスも増え年下より仕事が出来なくなり職場に居づらくなってしまうが、仕事を辞めれば今度こそ実家に帰らねばならなくなる。
そのまま辞める事が出来ずに、三十代も半ばとなりいよいよ切羽詰まってきた時――あるサイトと出会った。
『小説家を目指そう』
小説投稿サイトの一つであるが、近年このサイトに投稿された小説を原作としたアニメ化やコミカライズが多く世に出ている。
自分と同じようにフリーター出身から小説家となって巨額を稼ぐ者もいる。
――人生に行き詰まった誠には、これこそが唯一人生逆転を叶える手段に見えてならなかった。
藁にもすがりたい思いの、今すぐ人生を何とか軌道修正させなければならない誠にとって、日の目を見ない者の方が圧倒的に多い事実などまるで頭に入ってこなかった。
元々執筆は学生時代に趣味で何度かする位には好きで、最初の頃は若返ったような気持ちで投稿していた。
――そうだ、主人公は捻くれているけれど本当は熱い奴にしよう。
――親友キャラは途中で亡くしてしまうけれど、その分ずっと心に残り続けるような優しいキャラがいい。
最初の一話目には百を超えるPVがついた。
これだけの人が見てくれたと思うと嬉しくて、次の日も仕事から帰るなりすぐパソコンに向かい執筆しては投稿した。
――だが、それからPV数が伸びる事はなく。
四話目くらいには何がいけないのかと焦り出して、そうなると全く頭が働かなくなりストーリーはおろか、自分で考えたキャラでさえも細かい性格が解らなくなってきてしまう。
それでも何とか見せ場である親友との死別シーンまでは、と投稿したは良いが――それで状況が回復するどころか、どうやらそこで脱落者が大量に出たらしく次の話は一日一桁しか見られなくなり、ついに完全な無になっていった。
最後に投稿した文章は最初の頃と比べるとあまりに稚拙で見るにたえないものになっていたが、まだ書けていただけ良かったと思う。
閲覧者がゼロになってからは、一体何を書けばこの状況を打破できるのかという事ばかり考えるようになってしまい、どれだけパソコンに向かっても続きが書けなくなってしまったのだ。
こんな状態で人生逆転などが実現する筈も無く、ただただ一人狭い部屋で焦燥感に悶え苦しむだけとなった。
現実社会だけでなくネット社会からも見放されるようになった――この状況をそう認識し、ついに仕事に行こうにも起きられなくなり欠勤が増え、ついに全く行けなくなり数年が経過したある日の事。
「うっわ、一瞬もう手遅れかと思ったよー。目が完全に死体だったもん。……で、まだちゃんと生きてるよね?」
ある日の狭いワンルームの一室。
寝床の前に天使が立っていた。




