地図※
「……え? 本当ですかアカリ……」
フィルだけではない、全員がアカリに注目していた。
高校の授業で行う発表の時間を思い出して少々尻込みするも、すぐさま首肯してみせた。
「うん……。皆の話を聞いてていくつか引っかかったんだけど、まず迷宮の形ね。剣だったシオンに言われて改めて気づいたんだけど、角張りすぎてるの」
アカリの予想通り、シオン以外はピンと来ないらしく周囲と顔を見合わせていた。
「……うん、やっぱりそうなるよね。実際あたしもそう思い込んでた」
やれダンジョンだの迷宮だの、そんなものとは無縁の世界で育ったアカリにとって、この世界に来るまでにそれらに触れられる機会があったとすればゲームの中だけである。
それらの中で表現される迷宮は大体、角張っている。
そして迷宮とはそういうものだという先入観のあるアカリや、そもそもこの世界から出た事のない者達はこの違和感に気づく事は無かったのだが、唯一それらに毒されていないシオンだけが違和感に気づいたという訳だ。
以前旅したフェネシア城は、そもそも人工的な建築物であったが故に違和感など無かったのだが、建造物の範囲を超えたり内装を区切ったり出来るこの泥の迷宮をわざわざ画一的にする理由は何なのだろうか。
意図的に行っているのかとも考えたが、今のアカリの中では迷宮はそういうものだという先入観からこうなっているという説が有力となっている。
「それとね、これはついさっき戦った後にアデルと話してて気づいたんだけど……」
話しながら、アカリは床に文字を刻む。
「これ、ゴーレム……じゃなくて、案山子の頭の裏に書いてあった文字なんだけど、何の文字か解る?」
手始めに物知りそうなフィルに訊ねてみるも、彼は「知らない文字ですね……」と困り顔で首を捻っていた。
アデルや他の者も同様で、アカリとシオンのみが床に刻まれた『EMETH』の五文字を『アルファベット』だと答える事が出来た。
「これを最初に見た時はシオンと二人きりだったから当たり前に認識してそのまま流してたけど、アデルにだけ読めなかった事でやっと気づけたの。この世界固有の文字があるのに何の脈絡もなくアルファベットが出てくる事自体おかしいんだよね」
フェネシア城で見た手記も、この街で見た看板の文字も、全てアカリのいた世界では使われない文字で書かれていた。
それが唐突に、案山子だけアルファベットである。
「えーと……つまり?」
今回あまり話せていなかったフィルが首を傾げているため、無意識にそちらに顔が向く。
「犯人は多分、あたしと同じ世界から来た――しかも、この世界を知った上で選んでくるような人間だと思ってる」
未完のまま数話で放置され、全くの無名である小説。
アカリのような他を振り払ってでもこの作品を選ぶような隠れファンがいる事は一人であってもかなり稀な例であり、恐らくは自分以外にそんな者は存在しないと思っている。
では、誰だというのか。
たとえファンが一人だろうが皆無だろうが、その作品を特別と認識しえる存在。
外部から来たにも関わらず、今までの世界観と変わらず『マギアシグヌム』に影響されたであろう迷宮設定をするような人物。
――それは、
「犯人は、作者じゃないかって思ってる」
†
勢いのままに話したは良いが、結果的にこの世界が小説だなどという話は当事者達からすれば荒唐無稽極まる話であり、仲間の三人にしか通じず混乱を極めた。
が、フィルが咄嗟に異世界から来た人間の仕業と言い直してくれたお蔭で一応事態は収束した。
「……で、敵は異世界からの存在だという事も解ったんですが……今一番重要なのはこの迷宮をどう切り抜けるかって事なんですよ」
三人の人間のうち一人が困り顔で告げるも、アカリは雄気堂堂――とまではいかないまでも、殆ど確信を持った状態でこう提案した。
「それなんだけど、作……異世界人が首謀者って考えると、色々思い当たる節があって。とりあえず、全員が通ってきた道の情報を集めて地図を書いてみたいんだけど」
現地人の一人が運よく羊皮紙とペンを所持していたため、全員がどう移動したか、見てきた部屋はどうであったか話し合いながら地図を描いて行く。
完成した地図は、右下にアカリとシオン、やや左下にフィルと魔女、そして近くの部屋にここにいる三人の人間、中央付近にアデルという配置になった。
「縮尺は多分正確じゃないけど、アデルと遭遇した部屋だけやたら広かったんだよね。それこそ屋敷に泥を被せて作った迷宮なら、ホールにしか配置出来ないくらいに」
「でしょうね……食堂だったら出来るでしょうけど、大きさとしては今いる位置が食堂な気がしますよね。位置関係も合いますし、何より……」
一同はフィルに倣い、アデルが発見した隠し扉を振り返る。
そこには見覚えのある扉が存在しており、今いる部屋と元いた部屋が元々屋敷内であった事を示唆していた。
そして此方側に向けて開く所謂内開きの扉からして、やはり現在地は食堂であろう。
「領主館に乗りこまれる前、食堂から――というか多分、食堂の窓から敵襲があったよね。だからこの地図でいう左端の壁――ここに隠し扉があって外に出られるか、出られないにしてもこの先に首謀者がいるんじゃないかって思ってる」
地図上の現在地に置いた指を左側に滑らせる。
何も描かれていない空白の地帯。
アデルが動いて壁面を確認しに向かうが、少し見てかぶりを振った。
「……正解みたいだぜ」
自分の推測がいよいよ真実味を増した瞬間であったが、アカリは喜びや安堵よりも強い緊張を覚えていた。
アデルの立つその向こう、自分の眼には他となんら変わりなく見える壁が聳え立っている。
――この向こうに、アドロスピアの産みの親が居るかもしれない。
何故自ら産み出した世界を荒らすような真似をしているのかも含めて、訊きたい事が山ほどあった。
「この先に行く……で、いいんだよな」
既に金の笛に手を掛けたアデルに対し、アカリを含めた三人は首肯する。
「僕らは良いですが、彼らはどうしましょうか……」
心配げに振り返るフィルの眼差しは、不安げに此方を見遣る三人の人々に向かっていた。
彼らは恐らく戦闘技術など持たない上に、そもそも丸腰だ。
「ここに残って貰おう。部屋に出入りしなければ敵が出ない筈だから」
本来ならば敵襲の可能性も考慮しなくてはならないが、恐らく今回に限ってはその必要は無い。
と、アカリは考えていた。
部屋に入った瞬間に敵が出現、等こうまで例のTRPGのシステムに当てはめられる迷宮なら、この部屋から動かなければ新たに敵が現れる事は無い筈だ。
「……じゃあ、行ってくるね」
魔女の扱いだけ困ったのだが、人々の中に置いてきた場合何をするかもされるかも解らないのでアカリ達が連れて行く事にした。
薄汚れたフルートに触れれば再び聞き覚えのあるファンファーレが辺りに響き渡る。
壁の泥が落下音を立てて剥がれ落ち、見覚えのある窓が出現し――
五人組となったアカリ達は、狭い木製の縁を踏み越えてその奥へと向かっていった。




