七人の小人
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「いらっしゃいませー!」
アカリの来店を歓迎してくれる元気の良い声が複数重なり、思わず勢いに圧倒され無垢材の扉を半開きにしたまま一瞬足を止めてしまった。
やけに高く子供じみた声だとは思ったが、実際カウンターに腰掛けた店主(と思われる人物)の年齢は高めに見積もっても10歳程度にしか見えず、思わず二度見してしまう。
「お客様、どういったご用件でしょうか?」
店主の息子や娘が揃って悪戯を仕掛けているのかとも考えたが、どうも寄ってきた店員達は外見や声の高さの割に喋り方が落ち着いている様子だ。
この違和感から察するに相手は人間の子供ではなく、恐らく小人族の類だろう。
よく見ると店員は七人いるようだが――林檎の看板に七人の小人とは、かの有名な童話に擬えているのだろうか。
ファンタジー世界にかの童話の概念が存在するのか、果たして謎であるが。
等とつい無用な考察をしてしまったが、アカリは気を取り直して小人族の店員達に向き直り目的を伝える事にする。
「魔物の毛皮なんですけど、買い取りってお願いできます?」
店員の見た目が子供であるため、つい幼児に話しかけるような口調と声音になりかけるのを必死に堪える。
ゴミ同然で野晒しになって元から汚れていた麻袋は更に血でも汚れ、おまけに歪に膨らんでいる。
が、慣れているのか店員は全く動じずに短い腕を伸ばしてそれを受け取り、何の躊躇もせず口紐を緩めた。
「グリズリーの毛皮ですね。……細切れがちだけど若い個体だったのかな……毛並みがかなりいいな」
小人は何やらブツブツと呟きながらカウンターに向かい、布を敷いた上に血まみれの毛皮を並べ始める。
手持ち無沙汰になってしまったアカリは暇潰しがてらに店内に視線を巡らせ始める。
壁面も外装と同じく煉瓦造りである事を認識した段階で気づいたのだが、室内の煉瓦は素朴な赤茶色をしているのである。
小人に気を取られて全く意識していなかったが、ファンタジーにはよくあるいたって普通の内装だ。
本来なら『だからどうした』という話なのだが、九割方が黒で統一された街景を見てきた後であるが故に強烈な違和感を与えられる。
「あの、この街って家を外だけ黒く塗らないといけない決まりでもあるんですか?」
どうしても気になって仕方ないため、一番近くにいる薬品棚を整理している小人の娘に訊ねてみる
事にした。
振り向いた彼女の面持ちが沈痛に染まっており、予想出来なかったアカリに思わず緊張が走る。
「……いえ。最近、夜な夜な案山子が街を黒塗りにするんです」
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――小人の娘曰く。
元々この街は、南瓜を特産品とするごく普通ののどかな田舎街だったという。
それがある日突然、本当に突然。
何の前触れも無しに南瓜畑の案山子達が夜な夜な歌いながら徘徊するようになったのだ。
扉や窓に鍵を掛けない家に乗り込み住人を連れ去り、戸締まりをしたらしたで一晩中黒い手形をべたべたべたべた。
朝日が登るまで壁でも屋根でも執念深く叩きつけるものだから、たった数日で街中に塗 り残しはなくなってしまった。
ちなみにアカリはこの店を『内装だけ黒くない』と表現したが、それはあくまで今日まで逃げ延びた者の家に限った話だ。
案山子に一度でも入られた家屋は外壁と同様に土を塗りたくられ、完膚なきまでに黒一色に――時折夕日色の置き土産を差し色に――染め上げられる。
そして、住人が二度とその家に帰る事はない。
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「……ちなみに、街から逃げるっていう選択肢は」
「そりゃ出来たらそうしてますよお客様。けど、どういう訳か一度街に入ったら出られないんですから仕方ないじゃないですか」
それはつまり、元から住んでいた住人だけではなくアカリも出られなくなってしまった事になるが――早速困った事になったと考えたところで、奥のカウンターから店員が銀貨の入った袋を持って帰ってくる。
「お待たせしました、グリズリーの毛皮分の一万Gになります」
そこそこ重量のある革袋を受け取ると、中には大量の銀貨が入っていた。
実際一言で『一万G』と言われてもアカリにはよく価値が解らないので、周囲の品物の値段から相対的に価値を推測してみる事にする。
「麻のワンピースが千二百G、風邪薬も似たようなものか……で、堅焼きパンや干し肉が二百G前後……」
かなり大味だが、日本円と同じくらいの価値だと思えば良いのだろうか。
「とりあえず、情報ありがとうございました。それと、ここにある背負い袋とワンピース一枚欲しいんですけど」
「毎度ありー! それとお嬢さん、最近夜は皆領主館に一纏まりになってるんだ。早めに行って領主様に事情を話しておいた方がいいよ」
未だに外見の稚さと会話の老練さにギャップを感じるものの、脳内で『この人は大人』と何度も自分に言い聞かせながら敬語で礼を告げておく。
街娘じみた素朴な一着を革の背嚢にしまいつつ、領主館への道を小人に訊ねてから古木の扉を押し開けた。
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領主館までの道のりは大通りを真っ直ぐ進めば良いだけなので、まず迷う事はないだろう。
アカリとしてもまだ昼前なのでむしろ武器屋に行ったり腹ごしらえを先にしたり、その二つは先に済ませておきたかった。
特に後者。
カルールクリスとアドロスピアでは時刻のズレがあったため、昼休みに弁当を食べてから殆ど何も食べず八時間程度を過ごした事になる。
武器や防具を揃えるまではさして気にならなかったのだが、店を出た時刻が丁度昼頃に差し掛かり――周囲からパンや肉にスープ、様々な料理の香ばしい匂いが漂ってきたのである。
これには腹の虫も黙っていられず、もとい空腹に負けてふらふらと料亭に足を向けてしまったところである。
「食べながら洗濯とかどうするか考えないとなぁ……」
漠然と宿をとるつもりでいたが、先の案山子の話だ。
領主館に人々が集まるのなら、明日になってから洗濯しなくてはならないだろうか。
「……あれ、そもそも今回……時間が流れてるなら、早く帰らないとまずいんじゃ?」
アドロスピアとカルールクリスで同じくらいの時間が流れているとすれば既に向こうは夜になっているのではないだろうか。
今更ながらに気づいたが、最早どうしようもない。
今回は前回と色々勝手が違うため非常にやり辛い事この上なしだ。
とりあえず、どう転んでもフィルやアデルに出会えなければ今回の旅は無駄足に終わるだけだ。
どうするかはおいおい考えるとして、今はとりあえず件の二人を探すのみである――と意気込んだところで、
「……は? お前、まさかアカリか?」
裏路地から現れた、まさに探していた二人の片割れと鉢合わせた。




