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無彩の書架※

「……あ、電話来ちゃった。ごめん、ちょっと静かな場所探してくる」


 文化祭で賑わう今、むしろ部室はかなり騒音がマシな部類に入るだろう。

 場所を変える理由としては苦しいが、今のアカリに上手い口実など考える余裕は全く無い。


 席を立ち、後輩達に向けた背に感じる視線。

 訝しまれているかは解らないが、最早構っている余裕もなく教室を後にした。



 †



 文化祭当日というだけあり、廊下は思うまま歩く事さえままならない程に混雑していた。

 それでも一階に降り、図書室を目指せば自然と人は減ってくる。


 図書室は学校関係者以外立ち入り禁止となってはいるものの、やはり無人とはいかず数人の気配は伺えた。

 ――であれば、とアカリは図書室に踏み入る前に右折し、女子トイレに突入を決める。

 幸いこちらは全く人影がなく、ひとまず安心してスマートフォンに目を落とした。


「シオン、聞こえる? シオン!」


 どういう理屈かは知らないが、未だに狭間の図書館が映し出されたままの画面に向かい必死に名前を呼びかける。


 声量のせいか今度はシオンも気づいたらしく、ふと顔を上げて画面ごしにアカリを見上げてきた。


『……おや……君の方から繋がるとは……。また異世界が恋しくなったかね?』


 相変わらず言い回しも肩を竦める所作も仰々しいが、やはり消耗が隠しきれないらしくやや緩慢に感じられた。

 この期に及んでまだ普段通り振る舞おうとする姿勢は大したものだが、アカリはそれを一蹴する。


「そんな事より、そっち行っていい? ここだと人目が気になって長話も出来ないから」


『ふむ、承知したのだよ』


 首肯したシオンがアカリに向け、白い手袋に包まれた手を翳す。

 やがて周囲の景色が消失し、意識が闇に呑まれ――






 風がなく停滞したまま――それでいて、汚す者がおらず澄んだままの空気が触れ、違和感にうっすらと肌が粟立つ。

 一度は経験した筈なのだが、身体は中々慣れてくれないもので怖気が引くのに時間がかかった。


 ともすれば異界に引きずり込まれそうな恐怖感を抑え込み、視界が拓けると同時にまっすぐ目標に向けて歩き出す。


挿絵(By みてみん)


 依然として寄木細工の床に腰を降ろしたままの悪魔の側にはテーブルの上から彼を照らす燭台と同じ形状の――だがしかし本体が白いそれが転がっていた。

 一瞬アカリはそちらを一瞥するが、シオンへの心配が勝り好奇心はそれきりで潰える。


「シオン、何があったの?」


「いや、心配をかけて申し訳ない……。だが本当に少し疲れただけなのだよ」


 問われた彼は気怠そうに本棚に擁された暗闇を指差すが、アカリにはその先が見通せないため何が言いたいのかいまいち合点がいかない。

 それを察してか、悪魔は再び口を開く。


「以前、この辺りには『死んだ』世界が存在すると伝えたのを覚えているかね。だが、君達のいる世界のように『生きた』世界が置かれる区画が存在するのだが……あの光に満ちた空間はどうにも苦手で、長居すると消耗してしまってね」


「あ、確かに『生きた』本がどこかにありそうな話しぶりではあったような」


 アカリは記憶の糸を手繰り寄せ、アドロスピアに突入する前の彼との会話を思い出した。


「そう、私も滅多に長居はしないのだが――カルールクリスの他に、アドロスピアも探していたから疲れてしまってね」


 溜息交じりの言葉を一瞬素直に聞き流そうとして、ふと疑問が浮かんだ。


「あれ? 何でアドロスピアが? アドロスピアは死んだ物語だって言ってたよね?」


 実際この辺りの書架で見つけた本であるし、そのお陰でフィルが生存していた時間帯に飛べたのだから間違いはない筈だ。


「ああ、君が抜けた後再び世界の時間が止まったのもこの目で確認した筈なのだが――恐らくだが、誰か別世界の存在がアドロスピアに入っているのではないかと踏んでいるのだが」


「別世界の存在……」


 胸のざわつきの正体が何かわからないまま、アカリは呟いていた。


「シオンがあたしにしたみたいに、シオンが誰かを送り込んだんじゃないの?」


「いや、あれから全くアドロスピアには関与していないのだよ」


 真っ先に浮かんだ可能性は、だが即座に否定された。


「とりあえず、アドロスピアの本を見つけない事には何も解らないって感じだね……」


 では早速探しに行こうと言いかけるも、未だシオンが弱ったままである事を思い出して言葉を止めた。

 件の場所に一人で行くのは問題ないが、この状態の彼を放置していく気にはなれずその場に留まってしまう。


「……私に構っていたら悪戯に時が過ぎるばかりだろう、気にせず向かいたまえ。……黒の燭台がここ……無彩の書架を照らしたように、極彩の書架では白の燭台が君を助けてくれるだろう」


 要するに燭台を持っていけという話なのだろうが、相変わらず無駄に冗長な話し方を好む輩である。

 後ろ髪を引かれなくはなかったが、ひとまず周りに危険は無さそうであるし――と、アカリは意を決してシオンの側に転がった白の燭台を拾い上げる。


「これ借りてくね。後は途中まで黒い方も――」


 テーブル上の黒の燭台も手に取るべく踵を返し


いつの間にか背後に立っていた白い人影と目が合った。

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