表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/98

探せ

 †


 タペストリーの生地は全て緑色で統一され、騎士団の紋章は白の刺繍(ししゅう)で描かれている筈だ。

 筈、というのは経年劣化でひどい変色と汚れが目立つために、元の色がわかりづらくなっているためである。


 だが、そんなボロ切れの模様もいくつか通り過ぎれば変化が見て取れるようになってくる。


 獣や宝石、槍に弓。

 半壊しつつもそれぞれの個性は垣間見せてくれる。


「そろそろ次の区画に着く頃じゃないかと思うけど」


正確な数は数えていないが、少なくとも五つは違う紋章を見てきたと思われる。

 そのため多少は配置の感覚を掴めるようになってきたのだが、その経験にもとづけばもう次の図柄に切り替わっても良い頃合いだった。


「――! 予想通りみたいだぜ。それに当たりだ」


 先頭を歩くアデルが足を止めずに告げる。

 数歩遅れて辿り着いた二人も、通り過ぎざまにタペストリーを確認する。


「本当だ、あの騎士が持ってた紋章と同じ……!」


 アカリの声が無意識に弾む。

 今少女の懐にあるのよりはだいぶ拡大されているが、炎を題材にした刺繍は間違いなく同じ形状であった。


「この区画の部屋のどれかですかね。気を引き締めて行きましょう……って、言った側から」


 フィルが肩を竦める直前に、アデルだけではなくアカリも借り物のメイスと盾を握りしめていた。


 数度敵と接触し生命の危機に晒された経験からか、アカリは他者の気配に敏感になっていた。

 実際今も城に入りたての頃のようにただの勘違いではなく、見据えた先でランタンの照らす範囲内に朽ちた脚が踏み込んできたのを視認する。


「五体だな。アカリは準備出来てんのか」


「足手まといにならないように頑張るよ」


 事前に提案した通り、アデルの後ろに立つ。

 ワインセラーで今後敵に遭遇した時にどうするべきかを二人と相談していたのだが、この中で最も戦闘経験の少ないアカリが、本人が今しがた答えたように足手まといにならない方法を自ら模索した結果の配置だ。


 「おら行くぞっ!」


 宣言の直後、獣人の少年は躊躇なく地を蹴って敵に突進する。

 瞬時に距離を詰め、交差させた短剣を勢い良く開き先頭の一体の首を一瞬にして跳ね飛ばした。

 そのまま振り返らず、次の二体の持つ錆びた剣をそれぞれ開いた腕の流れのままに受け止めている。


 首が落ちた最初の一体はまだ動いており、ビクビクと痙攣(けいれん)しながら再び立ち上がろうと膝を立てていた。


「――させないっ!」


 声の震えを勢いで押し殺すように、駆け寄りざまにメイスを振り上げるアカリ。

 そのままガストが立ち上がる前に立てた膝に振り下ろし、膝の皿ごと叩き割った。


 先陣を切るアデルに比べればあまりに荒削りで不格好な動線であったが、弱った相手にトドメを刺す役割を確実に遂行していた。


 即座に対応が求められるような切羽詰まった今の状況下で、戦力面をアデルやフィルのレベルまですぐ向上させるのは不可能だと、アカリ自身が一番理解していた。


 かといって、足手まといや守られるだけの位置にはいたくない。

 その想いを叶えるポジションを自ら模索した結果がこれである。


 実際、狭い通路で二刀を振り回すアデルの邪魔にはならない位置にいられるし、彼からしても弱らせた敵の対応を考えなくて良いので無傷の敵に手が回る。

 負傷した敵ならば何とか対応できるため、フィルも詠唱だけに集中出来るのだ。


「――神々に(まつ)ろいし月光よ、銀の槍となりて不浄の大地に降り注げ! セイクリッドスピア!」


 風を切る音と共にアカリやアデルを器用に避けて無数の光槍が飛んでいき、四体を数度串刺しにし、地に伏せさせた。

 うち奥の一体が右半身だけで動こうとしたため、右肩をアデルに踏み抜かれて力尽きる。


「コイツは右肩が核か……本当、てんでバラバラだな」


 核と表現しているのは菌糸が最も集中し、指のような茸が生えてくる場所である。


「やはりこの部分を破壊すれば倒せるようですね。慧眼(けいがん)です、アカリ」


 菌糸はどうやって死体を動かすのか疑問であったが、茸の部分を破壊すれば活動を停止するとなると、これもアカリがワインセラーで立てた推測が正しそうだった。


 茸は、脳である。

 まずは人体に寄生し、個体が快適と判断した場所に深く根を張るようにして菌糸を伸ばす。それから神経に繋げ、脳の機能を果たす茸を生成し無理やり神経に信号を送り死体の身体を動かす。


宿主の脳が死滅しているのを良い事に、違う脳を無理やり接続して肉体を意のままに操っていたという訳だ。


 だから茸の部分がアルコールなりダメージなりで完全に破壊されれば死体は動かなくなる。


 この世界にはこれらを検証する設備が存在しない上、そもそもアカリは専門家ではないためどこまでも仮説でしかないが、今のところこれらを否定する要素は何一つ見つからなかった。


「これならもし炎の剣が使えなくても、核さえ狙えれば勝てるかもしれないね」


 炎の剣が使い物にならない場合も、望み薄だがボスとも言える存在に勝てる可能性はゼロではない。

 そう思えるだけでもかなり気の持ちようが異なってくる。


「まあでも、新手が来る前に部屋を全部調べないと。今までの感じだと、広い会議室みたいな部屋と寝室がいくつか、騎士団長の執務室もあったよね。可能性が高いとしたらそれかな」


 などと話しながらも、三人とも立ち止まらずに一番近くの部屋まで歩んでいく。

 扉の形状がどの部屋も同じであり、打ち付けられたプレートはとうに錆びて全く読めない。

 そのため結局は虱潰しをするしか手が無いのだ。


 まず一つ目、とばかりに扉を開く。

 こちらは寝室のようで、多数のベッドが壁際に並べられていた。

 幸い魔物の気配も死体が転がっている形跡も無いが、目当ての剣が安置されているようには全く見えない。


「駄目みたいだね、次――」


「……アカリ、一人で全部の部屋見てこい」


 踵を返したアカリが見た、廊下に出たままのアデル。

 彼は来た道の方角を凝視したままで告げた。


 別に彼は意地悪や見捨てるつもりで言った訳ではない。

 最初から、そういう事態になればアカリが単独行動をする方針となっていた。


「――っ!」


 息を呑み、全速力で駆け出して入口を出る。

 アデルの背を、彼と同じ方角を見て詠唱を始めたフィルを通り過ぎる。


 その際に一度だけ振り返れば――


 遠くなり薄らいだ光に照らされる、複数の死体を寄せ集めた化物が立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 構成を見直したため、物語としての完成度が格段にあがりましたね^^ 物凄い進歩だと思います。 [一言] 根を詰めすぎないように、これからも頑張ってください^^
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ