日常そして異変
まるで劇の開幕を読み上げるかのような朗々とした男の声。
それは生音ではなく、例えるならヘッドホンを介してから聴くような奇妙な反響があった。
声の主はノート――であった筈の本の、消えた罫線と字の代わりに描かれた西洋風の丸テーブルに腰掛ける、仮面の悪魔風の男の絵のみ。
背景に描かれた巨大な本棚の羅列は彩度が無に等しい事と、日本ではまず見かけないであろう西洋風の装飾過多な丸看板が非現実ぶりを強調している。
だが何より一番現実味が無い現象は、絵の中の唯一色を持つ男が確かに此方を向き、絵の外の存在である少女に話しかけている事である。
『私と対話出来ているという事はつまりだ。君、魂が異世界に惹かれているのだろう』
一言目と寸分違わず芝居がかった口調で告げられる唐突な一言。
『異世界の表紙をめくってみては如何かね? ほら、手を此方へ――』
少女は当然ながら、あまりに唐突すぎて暫し呆然としていた。
だがしかし、ややあって手を絵――もとい、悪魔へと伸ばす。
彼が語る通り、惹かれるように。
夢だと片付けて無視したり、気味悪がって逃げ出したりという選択をしなかったのは、彼の言葉に心当たりがあったからだ。
かくして、少女の意識は真っ黒に塗り潰される。




