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「そういえばアデルとフィルって、どうやって知り合ったの?」


 仰向けに横たわったアデルの側に腰を降ろし、アカリとフィルは消耗した身体を休めながら雑談で時間を潰していた。


「アデルはですね、僕が故郷の森で拾って育てたんですよ」


「そっかー、拾っ……え?」


 思わず座る一人と横たわる一人を見比べるアカリ。

 若作りだの長寿だのはよく目にするエルフの設定だが、フィルもまたそうなのだろう。

 だが、本で読むのではなく実際に自分も世界の一員として目の前で対話していると、やはり強烈な違和感を覚えてしまうのである。


「妖精の森のエルフは排他的で有名ですのに、そこに赤子を捨てるだなんて、誰かに拾ってもらう意志が全く感じられませんでしたね」


 懐かしむような眼差しでアデルに視線を向けるフィルに、呆気に取られた眼差しで眺めるアカリという構図。

 そんな彼女は今、図書館で見た死別のワンシーンを思い浮かべていた。

 生まれた時から一緒となれば、余計に別れが辛かっただろう。


 拾われた場面に関しては全くの未知だが、想像だけはしてみる。

 深い緑に、か弱く泣く赤子を抱き上げる優しい手。


 ふとそこで、アカリは先程のフィルの話を思い出して違和感を覚える。


「待って、排他的なエルフ……?」


 フィルの頭のてっぺんから爪先までじっくり眺めてみるが、どこを見てもこの柔らかく笑む妖精族に他種族を排除するような要素は見受けられない。

 そんな内心を察してか、彼はクスクスと微かに悪戯っぽく笑声をこぼす。


「実は他人をことごとく排除する意地悪ジジイなのでした、ふふっ」


「いや嘘でしょ、それなら獣人の赤ちゃんなんて拾わないし」


 アカリの即座の否定に、おやバレましたか、なんて冗談めかした一言が返ってくる。


「まあ、僕は故郷では変わり者でしたからね。他種族の赤ん坊を助けたいなんて言ったら、森の仲間から猛反対を喰らいましたよ。それで故郷にはいられなくなって……まったく、頭が固いって嫌ですねぇ」


 肩を竦める彼の調子は軽く見えるが、当時の状況がどうであったかは不明である。

 口ぶりからしてフィルの賛同者はいそうにないし、今ここに居るという事は森を出てきたのだろう。


 そこには故郷を追われるような激しい糾弾があったのだろうか、とアカリは無意識の心配を表情に浮かべてしまう。


「すごいね、フィルは。見ず知らずの赤ん坊のために今までの生活を捨てられるなんて……。」 


 その一言の続きには、『あたしならきっと無理だった』という意味が込められている。

 クラスメイトを見捨てた自分と比べると、目の前の人物がひどく清らかで善良に思えてきて――対照的に、自分自身の醜さが浮き彫りになった気がして胸が傷んだ。


 だがしかし、そんな目で見られたフィルは緩くかぶりを振り、否定の意を示していた。


「そう言って頂けるのはありがたいですけど、でも僕の行動は家族や仲間をも捨てたという事になりますから」


 納得がいかなそうに、アカリは首を傾げる。


「どちらかって言うと森の皆がフィルを捨てたように思えるんだけど?」


 問われたフィルはどこか遠い、心なしか寂しそうな眼差しで虚空を見つめながら語りだす。


「他種族を排除するのも、全く理由がない訳ではないですし……僕らは長く生きていますから、それだけ侵略や略奪の憂き目に遭っています。特例を作ればキリがなくなりますから、他種族を排除するなら徹底しなければ意味がない事も、一応理解はしています。……僕を心配して言ってくれていた事も、解ってはいるんです」


 彼は闇の向こうに何を見ているのだろうか。


「一番最後まで説得しようとしてくれたのは兄でしたよ。でも……僕は彼を置き去りにした」


 彼は俯いた後、顔を上げて森色の瞳をアカリに向ける。


「……アカリは、この城を出たら自分の世界に戻るんですか?」


 不意に問われて一瞬狼狽するも、アカリは悪魔との会話を思い出す。

 彼は確かに、別れ際に戻る事を仄めかしていた。


 それにアドロスピアに転移する対価として指定されたランタンが手元にある以上、死なない限りは少なくとも狭間の図書館には戻れると思われる。


「うーん、多分? 異世界に行けるっていうから、その辺は後先考えずに来ちゃったんだけど」


 ふむふむ、と頷いて何やら考えるフィル。


「ではもし、絶対に元の世界には帰れない――なんて言われたら、ここに来ていました?」


 問われたアカリは即座に勿論だと言――えずに、言葉が引っかかる事実に驚いて目を丸くしていた。


「あれ、何でだろ……。あたし、故郷の世界……カルールクリスって未だに呼び慣れないな……。とにかく、そこ大嫌いな筈なんだけど。」


 胸に手を当てる。

 苛まれるような感情の正体を探るも、明確な答えは出ず。

 結局当人ではなくフィルの方が答えについて先に意見を告げていた。


「誰か、罪悪感を感じる対象がいるのではないですか? 育ててくれた人ですとか。……良かったですね、ちゃんと戻れたら僕のように、その人を裏切る結果にならずに済みます」


 微かな自嘲(じちょう)のきらいを感じたのは、アカリの気のせいなのだろうか。

 だが、問い正すにはあまりに希薄であったために、躊躇ううちに出来ずじまいで終わる。


「まあ、後悔はありませんけどね。僕は小さな命を見捨てるなんて絶対にしたくありませんでしたから。それに、アデルのお陰で毎日楽しいです。」


 ね、などと横たわる獣人にフィルが語りかける。

 そこでアカリも気づいたのだが、いつの間にかアデルは起きていたらしい。

 彼は(まぶた)を上げ、ぼんやりと二人を眺めている最中だった。


 じき深呼吸をしてみたり、軽く身を捩ったりして傷の具合を確かめ始める。

 と、次の瞬間には問題ないと判断したらしく半身をゆっくりと起こす。

 髪と同じ藍色の耳と尻尾が微かに揺れた。


「……悪りぃ、手間かけさせた」


 アデルは目を二人の仲間から斜め下に逸らし、ばつが悪そうに頭を掻く。


「いいえ。アカリとも話していましたが、貴方が盾になってくれていなければどちらかが死んでいました。本当は僕らを気にして、対岸にすぐ戻れなかったんでしょう?」


 フィルの言葉には答えなかったが、ぴくりと微かに耳が動く。


「は? トロトロして逃げ遅れた事への嫌味かっつーの」


 それきり、彼はそっぽを向いた。

 アカリとフィルは顔を見合わせると、数秒後に全く潜められていない忍び声と共にチラチラと彼を振り返る。


「まぁ奥様、今のひねくれた照れ方見たザマス?」


「見ました見ました、ああやって強引に逃げ遅れた事にしようとする見え見えの作戦ザマスね」


 やはり丸聞こえだったようで、指をさされた彼が勢いよく振り返った。


「アカリてめぇ! あとフィルも乗ってんじゃねぇ!」


 二人は耳も尻尾もぴんと立てて怒る彼の様相を見て同時に吹き出し、暫く笑っていた。

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