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向こう側

 軽い着地音が聞こえ、向こう側の岸にアデルが危なげなく着地する。


 走り幅跳びの選手が呼ばれていれば、あるいは彼と同様に余裕を持って渡れたのかもしれない。

 が、残念ながらごく一般的な女子高生では必死に助走をつけなければ落下は免れないだろう。


 床を踏んでみたり、大穴付近をうろついて強度を確認するアデルを眺めながら、アカリはそんな事を考えていた。


 そんな折、視線の先の彼が此方を振り向いた。


「歩いても全く問題ねえぞ。

 こりゃ老朽化じゃなくて別の原因で壊れたな」


 こうなった原因は解らないが、残った床が頑丈となれば残る二人も向こう側を目指す流れとなる。

 まずはどちらが行くか相談しようと、アカリはフィルの方を振り向――けなかった。


「……え」


 一瞬、我が目を疑った。

 アデルの背後側、ランタンの光が届く境目。

 不意に、闇の中から左足が()()伸びる。


 右足もまた四本程が闖入(ちんにゅう)を果たし、重心を移動させ残りの足や本体を漆黒から引きずり出したそれは――アカリがかつて文面だけで、彩度を失くした図書館で挿絵として見た、いくつもの屍を織り交ぜて個を成した巨躯の魔物であった。


「あ、あれ……何で向こう側から……!」


 よもや別の個体かという考えが脳裏を過ぎるも、最も中心に据えられた死体の腕に引っかかる、羽と武具をモチーフにした紋章が目についた。

 あれもまた挿絵の魔物に描かれていたのだから、フィルの命を奪った相手に間違いない。


「アデル、こっちに逃げて! そいつは――」


 アカリの絶叫の続きは、微かに身動きをするしか出来ないままに中空に浮いたアデルの身体のように、深々と切り裂かれる。


 一度天井付近まで打ち上げられた彼が落下する瞬間は、まるで世界全体の時の流れがスローモーションになったように、驚愕のまま見開かれた蒼の瞳も周囲に舞い散る鮮血も、鮮明にアカリの目に焼き付いた。




 じき、アデルは奈落の底に消える。

 すぐさま聞こえる、破砕音と液体が勢いよく流れ出るような音。




 一瞬にして訪れた惨劇に、叫びたいのにアカリの喉は震えるばかりで上手く言語を生み出せない。

 次は自分やフィルが狙われると解っていても、頭が真っ白になり今やるべき事が見つけ出せない。


 そんな折、だ。不意に、背に衝撃を感じる。

 アカリの身体はつんのめり、踏み留まるための床が存在しないためにそのまま奈落の底へと落下する。


『――頑張って着地してください!』


 追随(ついずい)するランタンの光と共に落ちていく最中、フィルの声がすぐ近くから聞こえた気がした。

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