ごめん、遅れた!
急がなきゃ。深草さんの家は、僕の家から大通りを挟んで向かい側だって聞いてる。一軒家って話だから表札を手掛かりにすればいい。でも、信号までが意外と遠い!
律儀に信号守って3件目、ここも違う。6件目、ここまでないよ! 9件目、こんなに遠かったの!? そして見つけた11件目、逆位置の信号から言った方が近かった!
でも、どうしよう。勢いでここまで来てしまったけど、明かりほとんど消えてる。そりゃそうだ、だってもう24時だもの。というか、今来るのってめちゃくちゃ迷惑じゃん。うわ、まじでどうしよう。明日出直そうか。そうしよう、仕方ない。
そう思った時だった。視界の片隅に、なぜかベランダに立てかけられた、はしごが映った。
山科さんだ。とっさにそう思った。ベランダのある部屋の明かりはついている。山科さん、ありがとう。僕のためじゃないかもしれないけど、使わさせてもらいます。心の中でお礼を言って、僕ははしごを上る。そして、ベランダに降りて窓ガラスをノックした。
しんと静まり返った夜。でも、がさがさと動くような音がして、そしてカーテンが開いた。そこには、驚いた顔をした深草さんが立っていた。
窓ガラスが開くなり叫ぶ。
「ごめん、遅れた!」
「伏見君!? なんでここに!」
深草さんは驚いた顔をして固まっている。そんな深草さんに僕は隠す気もなく横に下げていたぬいぐるみを差し出した。
「今日、誕生日って聞いたから。プレゼント。遅れちゃったけど」
本当だったら、山科さんと一緒に渡したかった。でも、できなくて、遅れちゃってごめん。
そんな僕の思いを汲み取ってくれたのか、笑顔になった深草さんが言う。
「ありがとう、もう、誕生日すぎちゃったけどね」
「あ、すいません……」
「いいよ、うれしい」
そう言って時計を指さして笑う深草さんを見て、僕も少し、ほっとした。
「わあ、これ、シャルだよね。このハートマーク」
「本当は、山科さんとアルとシャルを作ってたんだけど、遅れちゃって。それに、ちょっと不格好だし」
「ううん、ありがとう。すごく気持ちがこもってるもん」
深草さんの笑顔はとてもまぶしくて、恋に落ちてしまいそうな気がした。僕だからだとは信じたくないけど、今まで見た笑顔の中で一番素敵だった。
「ところで大丈夫? 最近なんか様子が変だったけど」
「ああ、それは、サプライズにしようと思って。それに、徹夜で作ってたし」
「こら、ちゃんと眠らないとだめだよ」
「はい」
こうして談笑していると、ここがベランダだってことも忘れて、深草さんに夢中になりそうになる。あ、もちろん惚れたとかいう意味じゃないからね!
「でもよかった。本当はちょっと寂しかったんだ。悠杜君、ちょっと距離置いてるみたいだったし。今日も、祝ってくれなくて、すごく寂しかった。心細かった」
「それは、その、ごめんなさい」
「いいよ、許す」
憂い顔で呟いた後、一瞬で笑顔に戻る。なんか謝ってばっかりな気がするけど、なんか楽しいや。
「でも、不安になるから、次からはやめてよね、悠杜君?」
「あ、はい。そしてなんで名前呼びなんですか?」
今気づいた。いつも伏見君って呼んでましたよね?
「あ、ごめん。加乃先輩がそう呼んでるからつい。名字の方がよかった?」
「あ、別にいいですけど」
「よかった」
そう言った手で深草さんはシャルのぬいぐるみを愛しそうになでる。その奥には山科さんのアルのぬいぐるみが飾ってあった。
「でも、よかったです。すごく喜んでもらえて。怪我したり、徹夜しながら作ったかいがあってよかった」
「うん、シャルとアル。『シャルロット』のメンバーだよね。大切にするね、悠杜君」
そういう深草さんを見てると、とても作りがいがあったと思える。色々大変な思いもしたけれど、でも、やっぱり、深草さんのこの笑顔が見られてよかった。
「って、けがしたの!」
「ええ、まあ、百か所くらい」
「むう、教えてくれないと。すぐに手当てするから」
「い、いいですよ」
「よくないよ」
そうやって押し問答を続けていると、バランスを崩して部屋の中に倒れこんでしまう。
「未悠、もう遅いから寝なさい」
「は~い、お母さん」
あ、やばい。もうそろそろ帰らないと。
「名残惜しいけど、もう時間なんで帰りますね」
「あ、うん。今日は本当にありがとうね。また明日、学校で」
「そうですね、もう今日ですけど」
「そうだね」
そう言って深草さんは笑った。とても楽しそうだったけど、時間だ。名残惜しくも、僕はベランダからはしごを伝って降りて行った。
ようやく章題が回収できました^^
この章は次回で終了となります




