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怒鳴ったところで何も変わらない

「悠杜、休んどき。あんた働き過ぎやで」

 詩音さんに言われる。

「いえ、自分から言い出したことですし」

「いくら、顔合わせづらくて逃げてきた言うても、体壊したら元も子もないで。そりゃ、うちらは助けてもらってるほうやけど体壊されたら逆に手間になるしな」

 今、何をしているかと言えば、野球部のマネージャーの仕事を手伝っていた。

 未悠さんや京香さんたちと顔を合わせられなくって。だから、教室から飛び出したんだけど、行く当てもなかった。図書館とかだったらすぐに見つかりそうだし、生徒会室には加乃先輩がいそうだし。そんなときに思い浮かんだのが、野球部のマネージャーをしている詩音さんだった。

「わかってますけど、手を動かしてないと落ち着かなくて」

「手を動かしてなくても落ち着かへんやろ」

「……」

 そりゃ、それはそうだけどさ。そう思うと、詩音さんは深く息を吐き出した。

 事情全部知られてるからなあ。全部話したんだよね、居心地が悪いってことも何もかも。マネージャーの仕事を手伝わせてくださいって頼み込んだときに黙ってる対価と合わせて全部。

「しかも、加乃にすら言うてへんのやろ? そらあいつようけからかってくるけど、ここぞいう時には一番頼りになるからな。それくらいわかってるやろ。やのに相談すらしてない」

 そうなのだ。加乃先輩にも、千秋さんにすら相談できていなかった。じゃあなんで、詩音さんには打ち明けたのかってことだけど。それはなんとなく、遠いからじゃないかなって思ってる。

 僕との距離が遠いから。僕のことをよく知らない人だから、壊されないで済む。僕の事情に踏み込まれないで済む。そんな気がしたんだ。

「そら、野球部のマネージャーとしては手伝ってくれるいうんはすごいありがたいで。やけどそれとこれとは話が別や」

「わかってます」

「それに野球部は色恋沙汰を持ち込むとことちゃうからな。はよ解決しーや」

「わかってますってば!」

 柄にもなく怒鳴ってしまう。そんなこと、やっちゃいけないのに。正月から先、怒鳴り声をあげることが増えてしまった。

「ごめんなさい」

「まあ、ええて。怒鳴りたくなる気持ちもわかるさかい。やけど、怒鳴ったところで何も変わらへんのは悠杜とてわかってることやろ?」

 そうです、とは言えなかった。そりゃ、それくらいは知ってる。だけど、それを口に出してしまったら、何かが崩れてしまうような気がした。

「勘違いしてるかも知らんから言うとくけどな」

 びしっと額に指を突きつけられる。

「いつまでもこのままでいられるわけないからな」

「いつまでも……ですか?」

「そや。あんたいつまで逃げ続けてるつもりなんや」

「それは……」

 ほとぼりが冷めるまで。とは言えなかった。そもそも、ほとぼりなんて冷めるのか? そんなことを考えてしまう。

 ……キリを決めてないのだ。

「言うとくけど、うちは春の大会終わったら一足先に引退や。当然、野球部へ口利きなんてでけへん。それに、ボスがあんたをずっとほったらかしにしとくわけがないやろ。下手したら消されるで」

「ボス……?」

「悠杜の妹のことや」

 ああ、京香さんのことか。でも、確かにそうかも。一つ屋根の下で暮らしているわけで、それがずっとアクションを起こしてこないってのも変だもんね。今は様子を見てるって感じだけど、未悠さんが傷つくってわかったら介入してくるだろうし。

 ……それが分かったところで、僕には坐して待つことしか出来ないけど。

「加乃もなんもせえへんわけがない。それから、うちだって今は匿っとるけど、いつ寝返るかわからへんし、そもそもばれへん保証もどこにもない。いつまでも逃げられへんことくらい、自分も知っとるやろ」

「それは……」

 知ってたか、知ってないかで言えば、知っていた。ただ、見ないふりをしていただけで。だけど。

 いや、言い訳にしかならないか。

「何もしいひん買ったら無駄に時間使ってより酷いことになるだけやで」

「じゃあどうしろっていうんですか! それくらい僕が、当の本人の僕が一番よく知ってますよ! だけどね、何もできることがないじゃないですか!」

 叫んでた。周りの目も何も気にすることなく。

「こんなの、誰かに相談するわけにもいかないでしょ! そんな状況で、何ができるっていうんですか! 僕だって逃げたくなかった! だけど、逃げること以外に何もできないでしょ! それとも何かできるっていうんですか! だったら答えてくださいよ、ねえ!」

 縋るように、詩音さんを見上げる。だけど、詩音さんは見透かしたような厳しい目で僕を見つめた。

「そんなの、本人と話すしかないだろ」

「それができたら、やってますよ! そもそも何を話せっていうんですか!」

「そんなもんうちが知っとるわけないやろうが!」

「ひっ!?」

 びくっとする。詩音さんの大声で、一瞬涙が出そうになった。

「そんなもん、当の本人でもない聞いただけのうちがわかるわけないやろ! せやけどな、話をせんかったらなんも進まんわ! 仲直りしようにも何にもならへん。問題を解決したいなら話し合わへんとアカン。ちゃうか?」

 ……それは、確かにそうだけど。

「悠杜、大事なこと聞くで。自分一体どうしたいんや? 未悠と仲直りしたいんとちゃうんか?」

「……」

 何も言い返せなかった。

 そりゃ、仲直りはしたいよ。取ってる方策は全然違うことだったけど。

 だけど、だけど……。

「別に多少みっともない所を見せたところで、未悠が悠杜のこと幻滅するわけちゃう。あの子は優しいからな。だから、これ以上傷つけんといてほしいんや」

 幻滅されない、か。

 だけど、僕自身はどうなんだろうな。


 話をしなきゃいけないのはわかっていた。それはわかった。

 だけど、ここから踏み出す勇気がなくて。家でぼーっとしていた。そんなときだった。




 ……未悠さんが家に突撃してきた。

加乃「ところでさ、先ズルの文乃って私の分身なんだよね?」

作者「そうだよ。正確に言えば、加乃ちゃんを複製して過去を付け足しした。だから、双子の妹ともいえるね」

加乃「それで、何であの子には相手がいるのに、私はずっと振られっぱなしなわけ?」

作者「ナンデダロウネ?」


加乃「とりあえず、校舎裏に来い」

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