かわいくなんてなりたくなかった
加乃先輩からメールがあった。
なんでも来週の土曜日に加乃先輩の家に来て欲しいんだそうだ。体育祭のことでいろいろ後始末があるとか。それでバイトは休みにしてもらったとも。
というわけで土曜日。電車に乗って加乃先輩の家へ。未悠さんと京香さんと一緒に。2人とも何をするかを知ってたみたいだけど教えてもらえなかった。何かちょっと嫌な予感がする。
あれかな。これからいろいろと苦労すると思うからって加乃先輩に言われたのが相当引っかかってるよね。
そうしてやってきた加乃先輩の自宅。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
あれ、京香さん? なんでいきなり扉を閉めるの? さらにチェーンロックまで。よく見ると加乃先輩の顔も変だ。何か邪悪な笑みが見える。
「ささ、こっちへどうぞ」
「ええ、ちょっと待ってください」
そう言ってリビングへと入る。そこで見た光景に言葉を失う。
「ささ、これに着替えて」
「嫌ですよ!」
「ええ、いいじゃんいいじゃん」
「なんでよりによって女装なんですか!」
そう、なぜか着替えてと差し出された衣装は女物だった。なぜか彩里さんの目が光ってる。
「まあまあ、そんなこと言わずに。彩里ちゃんも頑張ってくれたんだからご褒美ということで」
「絶対嫌だ!」
「さあさあ、お着換えしましょうね」
「嫌だ、離して! 僕はそんなことしない!」
「悠杜君、私からもお願い」
「いくら未悠さんの頼みでもこれは嫌です! 話してあがが!」
突如として全身から力が抜ける。痺れるような気がしたがこれは、まさか……。
「最初からこうしていればよかったです」
「えー、だって気絶させている人間を着替えさせるのって大変じゃん」
スタンガンを構えた京香さんが立っていた。
「うん、悠杜君すっごくかわいくなったよ」
「かわいくなんてなりたくなかった」
気絶していた内に着替えさせられていた。そして加乃先輩のメイクが終わる。彩里さん、写真はやめて。
ちなみに下着も女の子物に変えられていたけど深く考えないことにする。
「というか、体毛薄いよね。生まれてくる性別間違えたとか?」
「そんなこと言わないでください」
確かに身長低いし体つきが華奢なのも自覚してるけどそれは酷いって。
「悠杜君、鏡だよ。すごくかわいい」
「まあかわいいのは確かですが……」
ウィッグはショートカットで、ボーイッシュな女の子と言った格好だった。
「それじゃあもっと声の高さを上げてみようか。完全な女の子になれると思うんだ」
「嫌ですよ、なりたくない」
「でも、これから外に出かけるんだよ? 女装男子よりも完全な女の子に見えた方がいいでしょ? 悠杜君の場合なら男の娘かな」
「外に出るんですか!?」
嫌だよ。こんな格好不特定多数に晒したくない。
「一つアドバイスをするとすればですが」
そばに寄ってきて京香さんが囁く。
「そうやって恥じらっている姿は男性の情欲を誘います」
「わ、わかったよ行けばいいんでしょう行けば!」
「おお、悠杜君完璧じゃん。ちょっとうらやましいぞ」
「そんなこと言われても」
「あ、ちなみにこの格好の悠杜君の名前は悠ちゃんね。じゃあ行こうか」
加乃先輩に悠という仮の名前を与えられて、町へと連れ出される。せめて、バレないように目立たないように頑張ろう。
「なあ、あのグループめっちゃレベル高くない? 声かける?」
「いや無理だって。相手にならない」
僕たち5人を見つめる視線がある。まあ確かに、みんな美少女だし、僕もかわいくなってるわけだから相当レベルが高いのかもしれないけど。
見た感じ未悠さんと彩里さんが正統派で、京香さんが小さいかわいらしい感じ。僕と加乃先輩がかっこいい系だと思われる。ちなみに加乃先輩に言われて男言葉を使っている。僕最初から男なんだけど。
「せっかくだから、ケーキバイキングにでも行こうか。いかにも女子会って感じだし」
「加乃先輩、僕の認識はどうなっているんだ?」
「悠ちゃんはとっても美少女だよ」
「すごくかわいいです」
「そう」
加乃先輩と未悠さんから口々に言われる。あの女子かっこいいみたいな感じで視線を向けるな。加乃先輩なら見てもいいから。
「わかってる? 今の悠ちゃんはどう見ても女の子なんだから。レディースで入るよ」
「そんなことを言われても困る」
いや、見た目女の子はわかってるんだけどちょっと罪悪感があるっていうか。
「大丈夫だって、悠」
「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」
「いやダメだろ」
未悠さん、そんな期待するような目で見ないでください。後加乃先輩の視線はいつものことだからいいとして、彩里さん写真撮らないで。
「だからと言って男子料金っていうのも変でしょ?」
「まあ、そうだけど」
「それじゃあ入った入った」
加乃先輩に押されて入る。分かりましたよ、女の子を演じればいいんでしょう、もう。
「女性5人で」
「はい、こちらへどうぞ」
何の違和感を抱かれることもなく、店内へ通される。複雑な気分だ。
「こら、悠ちゃん、スカートに気をつけないとだめでしょ、女の子なんだから」
「ああ、ごめん」
「それでいい」
座るときに加乃先輩に注意された。未悠さんが向かいに座る。ちょっと慣れてきたのかなと思って唖然とした。
「未悠ちゃん、僕がどうかした? 何かついてる?」
「いや、ちょっと楽しいなって思って。いいよね、こういうの」
僕はすごく気疲れしそうなんですが。
「いやー、今日は遊んだねー」
「遊ばれたと言った方が正確なんじゃないの」
「あはは」
加乃先輩、そろそろ服返してくださいよ。そうじゃないと僕家に帰れない。
「私も今日は楽しかった」
「それはよかったけど」
だからといって悪戯半分に人を女装させるのはよくないと思う。
「まあ、これは彩里ちゃんの希望だしね。二条君を引き受けてもらったんだからある程度は融通しなきゃ」
「絶対加乃先輩のおふざけもあっただろ」
「まあそうなんだけどね。あ、服は家に送っておいたから今日はこのまま帰ってね」
「おいこら」
あははと加乃先輩が笑う。だけどすぐ遠い目をした。
「あれですか、これから苦労するって言ったたのはこれのことですか」
「ん、違うよ?」
ええ!? すごく苦労したんですけど。
「まあ、止められなかったのは悪いと思ってるけど。でも今日は楽しかったよ。すごく思い出になった」
「僕はあんまり楽しくなかった」
「まあ、これで気兼ねなく、ね。それじゃあ、これから頑張って」
「またです」
加乃先輩と別れて電車のホームへと向かう。この格好で家に帰らないといけないのかと思うとちょっと鬱になる。でも今日は夏乃さん家にいないはずだし。
「だけど、本当に似合ってるよ」
あんまり慰めにならない。男子グループに声かけられたし、女子トイレに連れ込まれたし。もうしない。こんなことはもうする気ない。
「未悠ちゃんって呼んでくれたのはうれしかった」
そう言えば、女子に合わせて口調を変えたんだっけ。はあ、とっても疲れた。
それからもう一つ、加乃先輩の言葉が口の中にオレンジジュースみたいに残った。
悠「で、本音は?」
作者「ごめんなさい、作者の趣味です!」
加乃「いいじゃん、女装」
作者「女装した男子が恋愛騒動に巻き込まれる話が大好きなんだよ。だからその一部だけでもと」
加乃「面白ければオーケー」
作者「そういうわけだからこれからもあとがきでは悠ちゃんで」
悠「却下」




