伸ばした左手は
「大丈夫か、伏見?」
騎馬戦の一回戦、赤対白が終わった。
結論から言うと赤の勝利。僕達も結構駆けずり回って3個の帽子を手にした。帽子を取られることもなく。
僕は上に乗っている人の中では体重のわりに大柄な方だから、かなり有利だった。背の順では真ん中くらいだと思うけど。
ただそれでも無傷というわけにはいかなかった。というか、かなりひどい。というのも右目を突かれた。乱戦だったから仕方ないのはわかってはいるけれど、視力がまだ戻らない。拓都君が言うにはちょっと血が出ているらしい。というか目を開けるのもつらい。左目だけでしか見てないけどこれじゃあ遠近感がつかめない。実際右目を突かれてからは帽子取れてなかったし。
「大丈夫だ」
「本当か、無茶するなよ?」
「それより、白組対青組の試合はどうなってる?」
二条は青組だ。かなり気になるところだけどこれじゃあおちおち目も開けていられない。
「たった今、終わったところだ。白が全滅した」
「そうか……」
これであっさりと全滅してくれれば楽だったんだけどそう上手くもいかないか。
「しかも、二条君、かなり活躍してたみたいだよ。どっちにしろ上手く討ち取らないと勝てなさそう」
「そうですか」
みんなには僕の事情は話してある。拓都君は快く、竹田は何となく承諾してくれて、真倉君も拓都君に説得されてた。
「なあ、やっぱりやめた方がいいって。こんな状態で行くくらいなら」
「それより、伝えた作戦はわかってる?」
「あ、まあ」
「それなら大丈夫。それに『運命の輪』が出たんだ。必ず勝つよ」
心配してくれているのは知ってる。だけどなんだこれくらい。ささっと二条を倒して救護班まで行けばいい。
「それに、伏見リレーの後で疲れてるだろ。休んだ方がいいって」
「大丈夫、息は元に戻ってる」
直前に部活動対抗リレーで2レースしている。生徒会の方で1位を取って、園芸部の方でも3位だった。かなり疲れて息が荒くなってしまったけど。でも、騎馬戦1回戦で活躍できたし、疲労感こそ残っているけれど息も戻った。大丈夫だ。
「ほら、騎馬を組む合図が出たよ。早く」
「だけど……」
「このくらい、ハンデでも何でもないって、な?」
嘘だ。本当は目を開けているのもつらい。だけど、ここでみんなを心配させてどうする。勝つって決めたんだ。大丈夫、場にさえ立てれば勝てるさ。
「始め!」
号砲が鳴った。
二条はまず後方に下がっている。別の騎馬を壁にするようにして。これじゃあ突っ込めば取り囲まれて潰される。今はまだ雌伏の時だ。後方に陣取って様子をうかがう。目が染みるなあ。
活躍した騎馬同士が後方に下がっている。まあ、赤組は僕以外にもエースがいるんだけど。
だから、二条がいないというのは結構有利ではあるんだけれど。それでも警戒してしまうのか、少しびくびくしている。というか、こっちも僕が参戦してないから同数でも押されてしまっている。というか、これでも囲まれたら勝てない。
10秒でいい。いや、5秒でいい。5秒あれば、帽子を取れる。だけど、その時間がない。特攻しようにもたどり着けない。
だから、動く。これじゃあ動きそうにないから。だから、動かしてやる。
「左へ、陽動するよ」
声をかける。すると騎馬が1騎集団から離れてこっちへ向かってきた。基本的に騎馬戦は1対多の状況を作り出せば勝ちだ。それをせずに1騎で来たということはそれだけの自信があるということ。手負いの僕なら1騎でも勝てると踏んだみたいだ。だが、そんな簡単にはいかない。1対1なら防御に徹すれば、時間を稼げる。
少し後退しつつ、相手を誘い込む。右目を閉じていても相手の動きはわかる。手四つの形で取り合った。加乃先輩にしごかれたおかげで負ける気がしない。
体格は僕の方がいい。上から抑えつけるような形。だけど、決して手は離さない。そうしていれば別の騎馬が相手の帽子を取ってくれる。現に今、騎馬がやって来て帽子を投げ捨てた。
戦列が変わる。赤組陣内に誘い込むように。そして、一点、守りが薄くなった。
「行くよ!」
竹田たちに一声かけると、騎馬が動き始める。大丈夫、追いつかれない。
カッと目を見開く。目が染みるのを右手で拭い去った。見えている。大丈夫。
二条への道ができた。このペースなら、前に回り込まれることなく二条にたどり着ける。二条もそれを分かったのか、こちらへと向かってきた。
破れかぶれの特攻とでも見たのか。だけれど、10秒あれば二条を無力化することができる。そこさえ無力化すれば、僕がいなくとも戦列は崩れる。きっと。だから僕は二条を倒すことだけを考えればいい。
右から別の敵の手が伸びてくる。それにかまうことなく右手を振る。帽子には届かない。一瞬ちらっと見て追いすがる敵を抜き去った。
二条の騎馬と相対する。相手陣内のかなり奥深くだ。というか、後ろから騎馬が迫ってきているのもわかる。囲まれれば辛い。だから、さっさと二条を討ち取る。
目が合った。お前の負けだとでもいうように手を伸ばしてくる。その手を打払う。
体を少し浮かせて手で作られた鞍の上に立つ。二条もそうしたみたいで、手は僕の方が短い。僕の方が不利だ。
それに、耐えていたとしても囲まれてじり貧になる。僕が勝つはずないと思ったのか、二条が笑った。
「馬鹿が!」
「それはどっちだ!」
だけど、僕には加乃先輩にもらった秘策がある。文字通りの特攻。文字通りの切り札が。
右手を右から左へ振るう。それと交差させるような形で左手を伸ばす。そして、足の裏に思いっきり力を込めた。
僕は飛んだ。
二条の顔が一瞬驚きに変わる。そう、これが秘策。手が届かないのなら、ジャンプすればいい。
もちろん騎馬が崩れれば失格だ。でもそれは、騎手が地面についたタイミング。つまり、この一撃。空中にいる間の一撃だけは、有効になる。
「な!」
あまり勢いがなかったけれど、僕の軽い体重全てを二条にぶつける。今まで手しか出て来なかったんだ。当然驚く。
けれど、二条は優秀だった。とっさの判断で体を右へ傾ける。そうして、僕の体は受け流され、地面へと落ちていく。
だけど
……だけど、僕の体が地面に設置する前に、伸ばした左手は二条の帽子をつかみ取り、地面に投げ捨てていた。
加乃「えええええ!? なんでそんなことしたの!」
悠杜「だって、飛べば一撃入れられるって加乃先輩言ってたじゃないですか」
加乃「いやそれは! それはスタンディングジャンプのつもりで言ったの! 手の上で飛ぶだけだと思ってたよ」
悠杜「やった! 初めて加乃先輩から一本取った」
作者「傷だらけで言われても……ねえ?」




