澱が消えていった
短めです
「すいません、この計画、やめませんか」
そう言った瞬間、場が凍りついた。
会議場にしていた加乃先輩の家のリビング。なんか建付け悪い気がしたが気のせいだ。加乃先輩が足で扇風機のスイッチを押したように見えたが気のせいだ。
「まあ、私はいいと思うよ」
「悠杜君がそういうのなら、それが正しいのかもしんないね」
千秋さんと加乃先輩が擁護してくれた。逆に京香さんは険しそうだ。
「思ったんだ。このままでいいのかなって。そりゃ、二条に対抗したいとは思う。だけど、そのためにするのがこれでいいのかなって。加乃先輩が寝不足になってたし、京香さんも何かおかしいし。それに、昨日も今日も、未悠さんの誘い断っちゃったし。未悠さんのためって言っても、本人の誘いを断って会議って、何か違うっていうか。僕たちがしてることで本当に喜ぶと思えないっていうか。だから、その、やめようよ」
言葉が上手く出て来なくて。自分の言いたいことは伝えられなくて。とぎれとぎれになったしまったけど。
「努力の方向性が違うってことかな」
「まあ、悠杜君の言うことも一理あるよね」
「どうしてですか! いいじゃないですか!」
京香さんが叫ぶ。
「冷静に思い出したんだけどさ。未悠ちゃんが悠杜君と出会って変わったのは悠杜君が良くも悪くも普通の男の子だったからなんだよね。むしろ、計画を進めてしまったら、その優位性が失われちゃうのかもしれないね」
加乃先輩がそんなことを言う。最初は、確かに未悠さんは冷たかった。僕が何をしたかと聞かれると特に何もした気はしないけど、特に何もしなかったのがよかったのかもしれない。だとするなら、僕が特別でいるためには普通じゃないといけないのか。
「まあ、確かに、そう言ったところはありますが、ですが力はあったほうがいいのではないでしょうか」
「僕は……」
京香さんが言う。だけど、僕は。違う気がして。未悠さんが引かれたとか関係なく、いや、関係あるんだけど僕は普通でいなきゃいけない。というか、例外であっちゃいけない気がするんだ。
「僕は、借り物の力で勝ってもうれしくないからさ」
「借り物の力?」
彩里さんが尋ねる。借り物の力。まさにそうだ。これも何も親衛隊の、京香さんたちの力であって僕が手に入れたものじゃない。
「そう。僕が手に入れたものじゃなくて、力を貸してやるから戦えって言われても、それは僕の力じゃない気がするからさ。上手く言えないんだけど、これで勝ったとしても誰も喜ばないし、喜べない。そんな気がするんだよ」
「はあ、そうですか」
僕のわがままかもしれない。だけど、これ以上未悠さんたちが僕のせいで傷つくをの見ていられなかった。それなら、直接二条から未悠さんを守りたいと思う。
「私はいいと思うよ。悠杜君がそれで納得するっていうならね」
「私も賛成。一応彼がプロジェクトリーダーなわけだし」
「まあ、いいんじゃないでしょうか」
加乃さん、千秋さん、凛音さんは賛成。彩里さんと涼乃さんも消極的賛成と言ったところだろうか。
「まあ、それなら仕方ありませんね。一時プロジェクトを凍結することにしましょう。それじゃあ今日は解散とします」
京香さんがそう宣言するなり席を立つ。
「それと、ちょっと頭を冷やしてきます。帰るのが遅くなるかもしれません」
僕だけに聞こえる声でそう言い残して去っていく。たぶんだけど、今回は帰ると言っていたから、本当に頭を冷やすだけなんだろう。心の中にもやもやしたものがあっても、理解できていそうな気がした。
時間が解決してくれるのをまとう。
『予定が早く終わりました。どこか行きませんか?』
そう、未悠さんにメールを打った。
晩御飯の時には京香さんは帰ってきていた。特に問題なさそうに。
「兄さん、今日はありがとうございました。改めて考えると、かなり暴走していたように思います。これでは、お姉さまは心の底から喜ばなかったかと。自戒します」
「いや、別にそんなこと考えてたわけじゃ」
「それに、このまま進めていたら私は心のどこかで兄さんを軽蔑していたかもしれません。私がやって来たのに、と。申し訳ありません」
「それは」
それはちょっと嫌だったかも。だけど僕は、そんなことが欲しかったんじゃない。僕は、みんなに笑顔でいて欲しかったんだ。
「それじゃあ、笑ってください。僕の前で、笑って見せて」
「ですが、それは」
「いいから。悪いって思ってるなら僕の前で笑って見せてよ」
「わかりました、兄さん」
そう言って見せた笑顔はぎこちなかったものの、問題は解決したように見えて。すっと僕の心の中から澱が消えていった。
作者「さあ、決戦の体育祭に向けてようやく始まるよ」
加乃「騎馬戦には伝説があるのよ」
悠杜「この学校伝説多いですね」
彩里「しのぎを削って戦った騎手同士が恋仲になるそうです」
悠杜「そっちかよ! ってか嫌だ!」
作者「まあ嘘だ」




