きっとみんな信じているから
会議の場所は加乃先輩の部屋だった。集まっていたのは、この間のメンバーと千秋さん。僕を含めて7人だ。
「それじゃあ、第一回の会議を始めたいと思います」
「それじゃあ、初めに前置きしておくね。はっきり言って、新しい会社を作るのはそう簡単じゃないから。何かこれをやりたいっていうのならともかく、漠然とした何かしかないなら確実に空中分解する。それならやらない方がいい」
いきなり千秋さんが辛らつな言葉を発する。でも確かに、表面ばかり見ていて、肝心の何をするのかなんてことは一度も考えたことがなかった。
「私もお年玉程度ならお金がありますけど、そんなに出せませんし……」
凛音さんも言う。そうか、初期投資か。
「私、パソコンのパーツ買ってるからあんまりお金ないよ」
「実は私もなんだよね」
涼乃さんと加乃先輩が言う。私もといった具合で彩里さんも手を挙げた。僕はバイトでそこそこ余裕があるし、千秋さんとか京香さんもありそうだけど、限度があるしなあ。早速暗礁に乗り上げた気がする。
「というか、会社だったら社員がいるわけで。それだと法人税とかいろいろかかるし、社会保険料とか。いっそのこと個人事業主ってことでいいんじゃないかな」
加乃先輩が言う。こういうことに関しては真面目なんだよね。って危ない危ない。いつものように裏切られるところだった。
「私なりにいろいろと調べてみたんだけど、悠杜君はまだ学生だから、時間があんまり取られるのはよくないでしょ? ネットで完結するのがいいとは思うんだけど」
「僕も、生徒会の仕事はしっかりしたいですし、バイトの方も休みたくないですからね」
流石にそれくらいは注文をつけさせてもらう。そっちをおろそかにするくらいなら、やらない方がましだ。
「しかし、そうなると」
「あれ、京香ちゃん忘れちゃったのかな? 確かに悠杜君は吸収能力は高いけど、それでも限界はあるんだよ? 5月にテスト勉強のし過ぎで知恵熱出したこと忘れたの? オーバーフローしたら確実に倒れるよ」
「それは……」
京香さんが口を閉ざす。そう言えばそんなことあったよね。デートレーダーとかもかっこよさそうだけど、勉強と生徒会とバイトとってなるとかなりしんどい気がする。出来ることなら作った後ほったらかしで売れるのを待つようなそんな内容だといいのだけれど。
「それだったら、ゲーム開発とかどう? 今だったら結構小規模でできるしプログラムなら私が教えるよ?」
涼乃さんが言う。確かに、オンラインゲームは大変だけど、スマホの中だけで完結するような小規模なものなら僕たちにもできるかもしれない。
「スマートフォンのアプリ開発は加速してるからね。実績に乗ればベンチャー企業としても起業できるかもしれないよ」
千秋さんが言う。この中で唯一成人していて、しかもカフェの店長だ。頼りがいがある気がする。それに、元手も大してかからないんじゃないかと邪推な想像をしてみたり。
「しかし、それでは、二条利頼に対する有効な切り札にはならないのではと」
「というか、もともとその考え自体が無理に近いことを自覚した方がいいと思う。この短時間で対抗するだけの切り札は育たないと思うな。もちろん、東治さんの受け皿はあるに越したことはないけどさ」
「私も、その、同意です。そもそも、私は中学生ですし」
千秋さんと凛音さんが言う。というか、それだけを切り札にするのも問題があると思うんだ。そりゃ牽制はしたいけど、今のところどうしようもない状態には陥りそうにはないし。というか、東治さんもなんだかんだ仕事ができそうだからクビにはならないんじゃないかな。僕とおんなじにおいもするし。
というか、僕がやると言ったのは、みんなの空気がちょっと悪くなってたからなんだよね。だから、とりあえず話だけでもしたら京香さんとか加乃先輩も安心するんじゃないかなと思っただけだ。あんまり真面目にやる気は正直ない。いつの間にか流れたらいいなーって思うくらいの。
「最近じゃあ、フリーのアドベンチャーゲームがアニメ化もされたって話だし。当たれば大きいかもね。まあ、あくまでも当たればの話だけど」
「なんにせよある程度の博打性はあるんじゃない」
加乃先輩と千秋さんが言う。それを不服そうに京香さんが聞いていた。何か思うようにいかなくて、それが靄みたいにかかって煩わしそうだ。
「それじゃあ、とりあえずフリーゲームを作るってことで。それの代表を悠杜君にするって方針でいいよね。それで、後はどんなゲームにするか……」
「もう、知りません!」
「京香ちゃん!」
「僕が行きます!」
突発的に出ていってしまった京香さんを追いかける。自分が思うようにいかなくて。頑張ったはずなのにその穴を指摘されて。その悔しさは、千秋さんよりも加乃先輩よりも、僕の方が知っている気がした。
加乃先輩の部屋を飛び出して。足音の方向へ向かう。こんなことなら、加乃先輩のトレーニングまともにしとくべきだったなんて後悔しながら。非常階段を2段飛ばしで駆け下りてマンションの外へ出た。
見失った。
「もしもし、悠杜君」
電話がかかって来た。加乃先輩の声だった。
「涼ちゃんが京香ちゃんの携帯の場所特定してくれたよ。そっちに向かって。先導するから。それと、話しかけるのは頼んだよ」
「わかりました」
GPSにハッキングとかそんな非合法な方法だろうと思ったが無言でいておく。今は、それに助けられたから。
「それじゃあ、駅の方に向かって。たぶん電車に乗る気だよ」
「はい」
電話を耳に当てたまま走る。無理やり買わされた時はこんな使うだなんて思ってもみなかったな。
「こんなところにいたんですか」
「にい……、さん」
京香さんは未悠さんの家の裏にいた。未悠さんの近くにいたい。だけど、迷惑はかけられない。そんなところだろうか。
本当に馬鹿だなあって思う。僕も加乃先輩に怒られたっけ。自分一人でため込み過ぎず、頼れって。
「何を言ってるんだか、僕よりあなたの方が誕生日早いじゃないですか。姉さん」
わざとおどけていってみる。もう嫌だとばかりにそっぽを向かれた。反対側に腰を下ろしながら言う。
「何か悩みがあるなら聞きますよ。これでも弟ですから。おっと、あなた流に言えば兄でしたか」
今なら、どうして加乃先輩がよくふざけるのかわかる気がする。まああの人は素が99割くらい混じってるような気がするけど。
すごく静かだ。
10月に入って、少し肌寒くなってきた。それと、陽もだいぶ落ちてきた。でも、まだ外でコートを羽織って凍えるほどじゃない。
吐く息が見えるわけでも無くて。でも、肩越しにしっかり京香さんの気配を感じる。
「私は、私はもう誰にも迷惑をかけたくない」
絞るように出た京香さんの声。いつもの無抑揚な声じゃなくて、か細い声がした。
わかってしまう。自虐的になるときは、誰かの優しささえ迷惑をかけていると感じてしまう。本当はそんなことする必要ないのに、自分のためにそんな時間を使わないでなんて思ってしまうんだ。
だから、こういう時は無言がうれしい。慰められても、わざわざ自分のためにって思うから。逆効果になってしまうから。
それでも。
「僕は、すごいと思うけどな」
何か声をかけてあげたいって思う。
「何がですか。私なんてお姉さまがいなければ何もできない半端ものじゃないですか」
「お姉さまがいなけりゃってのはそうかもしれないけどさ」
それでも、かなわないと思ってしまう。
「でも、京香さんはすごいよ。親衛隊って僕が136だっけ。てことは100人以上いるんでしょ? そんな人をまとめてるわけだし」
「まとめきれてないじゃないですか! 加乃さんや涼乃や凛音の力を借りてるじゃないですか!」
「それでもいいと思うよ。誰かを頼るのも必要だって。これは、加乃先輩からの受け売りなんだけど」
休めって言われたもんね。
「でも、私は! お姉さまに迷惑なんてかけたくない! そのために1人で戦うって決めたから!」
きっと、きっと京香さんは、加乃先輩や千秋さんや、それに僕なんかよりずっと未悠さんのことを思ってるんだろう。それゆえに、自分がっていう責任感も強くなっている。
「部下に仕事を割り振るのも上司の役目だって言ってた。未悠さんに迷惑をかけたくないのはわかる。でも、そのための親衛隊じゃないのかな。加乃先輩とか、みんなで支えるためのさ」
体の向きを変える。京香さんの反対側に。きっと泣き顔は見せたくないだろうから。
「別に、僕や加乃先輩や千秋さんに頼ったって。誰も責めないよ。僕が保証する。せいぜい加乃先輩が冗談でからかうくらいでさ。何だったら加乃先輩に電話しようか」
「いえ、流石に。でも、加乃さんならやりかねませんね」
少し、笑った気がした。だけどまた空気が切れる。
「でも、だからこそ私は旗頭じゃないといけないのに! お姉さまを守ってあげないといけないのに! なのに、あんな不完全な計画なんて」
「それは違う」
京香さん。今ならちょっとシンパシーを感じるよ。似た者どうして自分一人で抱え込むところとか。責任感が強い所とか。だからこそ、僕だからこそ言えることがあると思うんだ。
「それは違うよ。姉さん。それがわかってないんだとしたら、親衛隊隊長として失格だ」
きつい口調で言う。そうでもしなくちゃ、きっと彼女は目を覚まさない。
「違う、そんなことない! じゃあなんで加乃さん達はそれで満足なの! お姉さまは私たちが守ってあげないと!」
「きっと!」
かき消すんだ。塗り替えるんだ。
「きっとみんな信じているからだよ。未悠さんのことを。僕たちが失敗しても、未悠さんは振れることがないって。二条と付き合ったりしないって信じているから。僕たちに必要なのは鎖で偶像を縛ることじゃなくて、未悠さんを信じて寄り添ってあげることなんじゃないかな」
「だって、だって」
目の前にあるのがきれいな景色なら、たとえ写真でもそのままでいい。実物を見るのは時として傷つく。そう思ってた。でも、今はそれじゃいけないなんて僕は自分に嘘を重ねる。
「過去に何かあったのかは聞かない。話してくれるのを待つから。でも、僕は未悠さんを信じるよ。それでいいだろう? だから、僕を信じてくれ。なに、もしも何かあったら、二条を一発殴ってやる。これでも加乃先輩に特訓させられてるからさ」
嘘ばっかりだけど。自分に嘘ばかりついてるけど、でも、これでいいや。
「だから、僕の顔を立ててこれで納得してくれないかな、姉さん」
きっと京香さんはそんな簡単に素直になれないから。だから、逃げ口を作って。
「もう、本当に兄さんは仕方ないですね。わかりましたよ、妹として、今日のところは従ってあげます」
遠慮がちに伸ばされた手は赤く染まっていて。
「僕たちが作るのは守る檻じゃない。居心地のいい庭なんだ」
「かっこつけたかもしれませんが、非常にダサいですよ。詩を書くのは日記の中だけにしてください」
傍若無人な口調に少しだけ笑った。
「やっほー、加乃ちゃんお邪魔してます」
いつものように未悠さんの家にフクロウの様子を見に行ったらなぜか加乃先輩にいろいろからかわれたのは納得できない。
作者「シリアスな話かくの疲れた」
加乃「まあこの話って全体的にコメディだからね」
作者「ここから段々展開がシリアスっぽくなっていくかと思うとねー」
加乃「だいじょーぶ、私がいる!」
悠杜「こいつもう自分がギャグキャラだって認めやがった」




