84.たまには、二人きりの我が家で
昼間の宴会も終わってすぐあと、眠気が来た。
ちょっと魔力消費も激しいという事で、昼寝をしたのだが、
「……夜中に起きちまった、か」
窓の外を見れば、満月が空高く浮かんでいる。
すっかり深夜だが、
「もう一度寝る……ほどは眠くないな」
十時間くらい寝たわけだし、当然と言えば当然だ。
喉が渇いていたので水を飲んだのだが、それで更に目がさえてしまった。
しかし、朝まではしばらく時間がある。
……今から何をするかなあ。
韋駄天やゴーレムを使って、リンゴを街まで運びに行ってもいいが、
「まあ、そんなに慌ててやることでもない、か」
明日の朝一番で店に行って稼ぐんならともかく、あの店は趣味だ。
気が向いた時にやれるだけのリンゴがあればいいので、持っていくのは明日とか、明後日とか祭りに行く時で良い。
そもそも、静かな夜中だ。激しい動きはしたくない。だから、
「風呂にでも入るかね」
折角だ。ゆったり楽しむのも悪くない。
そう思って俺は温泉まで足を運び、入ることにした。
「ふいー……」
ぬるめの温泉に足から浸かると、少し寝ぼけていた頭がすっきりする。
そして、浴槽に寄りかかりながら、とても物静かな夜空を眺めていると、
「主様。こちらにいらっしゃったんですね」
脱衣所の方からサクラが歩いてきた。
「サクラか。部屋にいないからどこに行ったのかなあ、と思っていたらこっちにいたんだな」
「ああ、いえ。家の見回りを終えて、寝顔を見させてもらおうと部屋に戻ったら、こちらにいらっしゃるのが感じられたので。――それで、私も温泉に、ご一緒させて貰ってもいいですか?」
「おう、良いぞー」
「では、失礼させて貰います」
そう言うと、サクラはしゅるりと服を脱いで、湯船の方に来た。
かけ湯をして、静かに俺の隣に座る。
「はふう……主様と入る温泉は、気持ちいいです」
「それは良かった。広く作った甲斐がある」
これだけの広さならば、十人くらいが入っても窮屈には感じないだろうからな。
「はい。それもこんな時間に、見回りの後に入れるなんて、ありがたい限りです」
そういえば、見回りをしている、ってさっき言っていたな。
この土地に来て何カ月も経ったけれど、サクラが夜に何をしているか、知らなかった。
「いえいえ、私は大したことはしてません。自宅を一周したら主様の顔を見たり、主様の健康状態を感知したり、朝ごはんを作ったり、ですよ」
「それは十分に大したことだよ。……なんというか、ありがとうな」
「いえ、主様と一緒にいる者として、当然のことですから」
サクラは小さくほほ笑んだ。
ここまでしてくれているんだから、俺もちょっとはお返ししたい。
……って、そうだ。
一つ、用意していたものがあった。
それを思い出し、俺は脱衣所に向かう。
「主様?」
「サクラへのねぎらいも兼ねて、これを飲もう」
俺は脱衣所の棚から一本の酒瓶と、ひとそろえの猪口を取りだして、浴槽にもどった。
「それは……?」
「ディアネイアから貰っていた、一番いい酒だ」
彼女いわく、悪酔いしないらしい。
この時間には丁度いいだろう。
「昨日のお昼に、飲まなかったんですか?」
「あとでサクラと一緒に飲もうと思って、取っておいたんだよ。んで、いいタイミングだからな、ねぎらわせてくれ」
そう言って、俺はサクラの猪口に酒を注いで渡す。
「あ、ありがとうございます。では、ご一緒させて貰いますね」
俺の猪口にも酒を入れ、二人で静かに飲む。
甘くて、すっきりした味がした。
じんわりと内と外から温まってくる。
「美味いか、サクラ?」
「はい、でも、ここまでして頂くなんて、なんだか主様に申し訳ないです」
「いやいや、気にするなよ。俺の方こそ色々してもらってるしな。……それに、この頃忙しくて、サクラとゆったりできてなかったからな」
偶にはこういうのもいいだろう。
そう思っていると、サクラが寄り添ってきた。
「サクラ?」
「主様とこういう静かな時間を過ごせて、私、とてもうれしいです」
「そうか」
色々な人が来て、賑やかなのもいいけれど。
「……こんな風に二人でゆったりできるのも、俺は好きだな」
「私もです」
そして、俺とサクラは二人で温泉につかりつつ、月見酒を楽しんだ。





