83.魔石の効果と、魔力の効能
風呂から上がった俺はサクラと一緒に、昼飯を庭のテーブルに並べていた。すると、
「……ピィ」
「あん?」
庭の外れ、青色をしたスライムがいた。
ただし、いつも見るような不定形ではなく、人の形を取っていた。
形を見るに女性体か。こちらを襲ってくるでもなく木陰に控えて、微妙に頭を垂れていた。
「なんだあのスライム」
「敵意は、ないみたいですよ?」
サクラの感知でも、敵意なしと来たか。
いつもなら敷地内に無断侵入して魔力を貪ろうとするのに。
何故に今回はそう言う事をしないんだろう。
「ええと、主様、巨大スライムの魔石、埋めましたよね? あのせいで、主様が上位の存在だと思われてるのかもしれません」
「マジか」
ただ埋めただけなのに、そんな事になるのか
「モンスターは本能に忠実ですからね。それゆえに、敵対するかしないかが、はっきりとしているのでしょう。人型を取っているのも、主様に忠誠を示す為でしょうかね」
「なるほどな。……ちょっと近づいてみるか」
俺は女性型スライムに歩み寄ると、スライムは微妙に震えてもう一段、頭を下げた。
「ぴ、ぴい」
「ああ、うん、そんなに怯えなくていいぞ。別に敵対してるわけじゃないしな」
声をかけると、スライムは恐る恐る顔を上げた。
ふむ、スライムってちゃんと言葉を認識できるんだな。
声を出せるってことは、声帯もあるんだろうし、あとでヘスティに生態を聞いてみようか。
そんな事を思っていると、
「ぴ、ぴい!」
スライムは一鳴きして礼をすると、そそっと、森の奥に消えていった。
「なんなんだ?」
「敵意ナシアピール、ですかね」
スライム言語は流石に分からないので、何を言っていたのかは不明だけれども、敵対しないというのであれば大歓迎だ。
「でも……やっぱり何言ってるか分からないからなあ……」
「喋れるようなリンゴ、栽培してみます?」
「気が向いたなら、やってみるか」
そんなふうに喋りながら、俺は宴会の準備を終えた。
そろそろ温泉に入っている奴らを呼びに行こうかね。
●
ディアネイアは静かに温泉に入っていた。そして、
「うう……しくじった……」
温かいお湯の中で、思い切り肩を落としていた。
「……なんというか、ドンマイ」
「ありがとう、ヘスティ殿。……ああ、温かくて気持ちいい」
最初から一緒に入ろうと言っておくべきだったなあ、とお湯を顔に当てていると、
「ん、その……ラミュロスの件。街、大丈夫だった?」
ヘスティが真面目な顔で聞いていた。
それに対しディアネイアは首を縦に振る。
「ああ、その点は心配いらない。きちんと稼ぎが出るような捌き方をしたから補償に関しては問題ない。それに今回は、ダイチ殿もそうだが、ヘスティ殿。貴方のお陰でも助かった」
「我は何もしていないよ。あの人がいたから、どうにかなっただけ」
「いや、それでも、だよ。ありがとう、ヘスティ殿」
彼女がいたから、自分たちは早期に対策が打てた。それは事実だ。
だから礼を言うと、ヘスティは無表情で頬をかいた。
「ん……礼を言われる程でも、ないんだけどね。やっぱり、あの人がいなかったら、危なかったんだし」
「その後悔を得るのは私の役目だよ。私は、……彼に迷惑をかけてばかりだからなあ、もっと強くなれば、街だって守れたんだ」
結界をもっと沢山張れれば、あの竜王だって止められたかもしれない。
そう思うと、もっと強くなりたい、との思いがフツフツと湧いてくる。
「ん? ディアネイア、アナタは、人間として、十分強い」
「はは……白の竜王であるヘスティ殿にそう言われると、少しだけ自信が出るよ」
ただ、やっぱりまだまだ、だ。
修行は続けて、向上していかないとなあ、と温泉に浸かりながらでも思う。
「はふう……よし、頑張らねばな!」
パシャパシャ、と高ぶる心を鎮めるように、お湯を顔に当てる。
「ふう……しかし、へスティ殿と混浴しているからか、なんだか、先ほどから、精神が高ぶっているような感覚があるよ」
先ほどからリラックスしている筈なのに、体の奥から熱が湧いてくる。
竜王に元気づけられているからだろうか。それだとしたらとても有難い話だ。
「ん、それ、我のせいじゃなくて、この温泉のせい。魔力が濃いから、体に浸透して、ディアネイアの魔力、ちょっとだけ上がってるから」
「――ええ?!」
思わず立ち上がってしまう程、ディアネイアは驚いた。
この温泉にそんな効能があったなんて想像もしていなかった。
「と、というか、だ。こ、このまま入り続けていれば、強化も続くのでは……?」
「ああ、でも、気をつけないと、酔うよ?」
「へ?」
ヘスティに言われた瞬間、ディアネイアはふらついた。
……これは立ちくらみ……では、ない……!?
視界がグルグル回り、立ってられない。
視界がグルグルと回る。
バランスが分からず、立ってられない。
「あ、遅かった」
「ぬ、ぬおお……?」
そのままディアネイアは膝をついて、倒れかける。
だが、そんな彼女の体を、ヘスティは支えた。
「魔力酔い。強い魔力の耐性がないと、なる。まあ、しばらく落ち着けば治る、けど、危ないから、湯船の外に出しておくね」
そう言って、ヘスティはずるずると、ディアネイアの体を湯船の外に出して行く。
「め、面目ない。しかし、鍛えていなければ、温泉すらも満足に入れぬとは……」
ダイチは平然と入っていたので油断していたが、そうだった。
彼の保有している魔力量を完全に忘れていた。
「まあ、普通に入れるあの人が異常だからね。気にしない」
「う、うむ……」
ヘスティに運ばれつつも、ディアネイアは思う。この様では最初から混浴は難しかったなあ、と。そして、
……もう少し強くなって、彼と温泉に入れるようになろう。
空を見上げながら、目標を新たに定めるのだった。





