82.お昼の準備
ぬるめのお湯につかって数分経ち、体も温まってきた頃。
「ダイチ殿ー。こっちにおられるのか――って、わひゃあ!?」
なにやら大きな籠を背負った、ディアネイアが尋ねてきた。
どうやら表の庭にテレポートして、こちらまで歩いてきたらしい。
温泉の周囲には外壁とかを作ってないので、その様子がよく見えた。
誰も覗きに来る奴なんかいないと思って、無防備に作り過ぎたけど、そうか来客があったか。
まあ後々、簡単な柵でも作っておくかなあ、なんて思いつつ、
「ディアネイアか。どうした、もう祭りの再開でも決まったのか?」
俺は温泉から身を乗り出して聞くと、彼女は顔を真っ赤にして目をそらした。
「だ、ダイチ殿! は、裸は不味いと思うのだが、うん!」
「仕方ないだろ。温泉なんだから」
タオルは近くの樹木にひっかけてあるが、隠そうにも、もうちょっと外に出ないと取れないし。
「……まあ、肩まで浸かれば見えないだろ」
このままでは話も出来なさそうなので、再び温泉につかる。
湯の濁りもあるので、上手いこと隠れてくれる。
すると、ディアネイアはふう、と胸をなでおろした。
「んで、祭りの件なのか?」
「あ、ああ、そうだ。明日から再開予定だということを伝えようと思ってな」
目をそらしながらも、こちらをチラチラ見ながら言ってくる。
「被害は小さいが、混乱しているようでな。大事を取って日程を短く変更した上で、今日は準備日として扱い、明日から本番ということになったのだ」
「なるほどな。まあ、俺としてはリンゴを使いきっちまったから、その補充をしなきゃいけないし、準備日は大歓迎だ」
人の少なくなる夜に、数箱運ぶつもりだったしな。
「そ、そうか。ならば、良かった……!」
「――んで、その籠はなんだ?」
やけに慎重に運んでいるようだが。何が入っているんだろうか。
「ああ、これは空けてしまった酒や食糧を持ってきたんだ」
と、籠を下ろしたディアネイアは、その中から数本の瓶を取り出し始めた。
「祭り開催と同時にふるまう筈の物だったが、まあ、明日になってしまったのでな。新鮮なうちに飲めないのは勿体ないので、城や街の人々にふるまっていたのだ」
「それで、なんでウチに?」
「……一番良いものはダイチ殿にと、皆が言ってきてな。私も同意して、持ってきたのだ」
そうなのか。まあ、貰えるのは有難いんだけれども、
「あんまり大した働きはしてないけれど、いいのか?」
「と、とんでもない。あれで大したこと無いと言われたら、わたし達は何も言えなくなるぞ」
どちらかというと、頑張ったのは俺ではなく、ヘスティやディアネイアだと思うんだけどな。
俺は勢いが落ちていたデカイのを受けとめただけだし。
「ま、まあ、ともかく受け取ってくれ。無論、空けてないのも何本かあるので、ついでに飲んでもらえれば幸いだ。祭りの前夜祭、みたいな感じでな」
そう言って、ディアネイアは籠の中に酒瓶を戻した。
「そうだなあ。前夜っていうか、昼飯ついでに飲むのもいいし、……ちょうど温泉も完成した所だ。酒飲みながら温泉につかるとかも出来そうだな」
今から、かなり気持ちいい時間が過ごせそうだ、と思って呟くと、
「お、おお、そうか! わ、私も一緒に入らせて貰っても、構わないかな!?」
ディアネイアがやけに気合の入った反応を返してきた。
ふむふむ、彼女も温泉が好きらしい。
「良いぞ。入って感想を聞かせてくれ。そっちが脱衣所な」
「う、うむ! では今すぐ入らせて貰おう!」
ディアネイアは嬉しそうに脱衣所に向かっていく。
その後ろ姿を見つつ、俺は風呂から出て、樹木に掛けていたタオルを取って体に巻く。
「んじゃ、俺は上がって昼飯の準備を手伝ってくるから、温泉は好きに使ってくれ」
「え……?」
ディアネイアが来たという事はサクラも分かっているだろう。
ただ、酒を持ってきた事は知らないだろうから伝えておこうと思う。
「アンタが来て、昼飯を食う人数も増えたしな。サクラに言ってくるわ」
「ちょ、え……だ、ダイチ殿……!?」
「それじゃ、ゆっくり楽しんでくれ」
そして俺は、温泉から離れ、昼の宴会の準備を進めることにした。





