81.竜の湯
温泉が出来あがってからほどなくして、ラミュロスが突然、木に寄りかかった。
「ふみゅう……」
「ん? どうした?」
「……限界、来ちゃった……みたい。御免なさい」
ラミュロスは今にも目を瞑りそうな状態でぱちぱちと瞬きし、
「抵抗し続けて、疲れちゃった、みたい……。もう眠……」
そう言って、ストン、と意識を落として、寝てしまった。
彼女も睡眠で魔力を回復するスタイルみたいだ。
流石にその場に放置しておくのは危ない、ということで、ヘスティが自分の小屋まで引きずっていった。
若干、その運び方は乱暴だったけれども、
「まあ、任せておけば大丈夫か。……色々終わったことだし、俺は一風呂、浴びるかね」
昼飯が出来るまでまだ時間はあるので、俺は一足先に温泉を味わう事にした。
脱衣所に服を投げて、適当に体を洗ってから、湯船につかる。
白く濁った温泉が体をじんわりと温めてくれる。
「あー、やっぱり温泉はいいなあ……」
ゆったりと浴槽に体を預けてほぐして行く。
「……」
自分の小屋から戻ってきたヘスティが、じーっと見ていた。
「どした? ヘスティ、お前も入るのか?」
「ん……? 我も、入っていいの?」
「おう、好きに使っていいぞ。その為に外に作ったんだから」
それに、この温泉は魔力も入ってるんだから、あちこちに傷を作ってる今のヘスティには良いんじゃないか。
「ん、多分……我の怪我にも効くと思う」
「じゃあ、入って治しちまおうぜ。湯治って奴だ」
そう言うと、ヘスティは少し視線を迷わせた。
そして自分の体を見てから、俺の方を見た。
「我、今、ドロとかで結構汚れてるけど、いいの? 昔、人間の大浴場で、泥だらけのまま、入ったら怒られた事、あるけど」
「ああ、別に洗えば大丈夫だ。排水で詰まらないように、管は通してあるし。汚れたらお湯は総とっかえすればいいだけだしな」
下のダンジョン内では、大量の温泉が湧いているから、心配は無い。
「ん……なら、入るね」
そう言って、ヘスティは服を脱ぐと、ててて、と洗い場へ向かった。
そこで体の泥を落としてから湯船に入ってくる。そして、
「……ふわあ……」
彼女にしては珍しく、気の抜けた声を出した。
「おう、気持ちいいか、やっぱり」
「ん……こういう広いお風呂、入る事、少ないから。いつも、水浴びだし」
なるほど。竜だからか、こういう浸かり方をすることがないのか。
「基本的に、竜は綺麗好きだから、水浴びはするけどね。……ラミュロスとかは例外だけど」
「やっぱりあれは例外なのか」
「普通の竜は、一年もスライムくっつけておかない。途中で水浴びでもなんでもして、振り落とすから」
ああ、ということは、スライムで落下してきたのは普通じゃなかったのか。
「……まあ、あのスライムが体力の魔力をすっていたのは、確か。核の魔石も異常なほど、大きかったし……って、そういえば、スライムの魔石は、どうしたの? 貫いた時、貴方が持っていったけれど」
ヘスティの言うとおり、スライムの魔石は捕獲してあったのだが、
「ああ、あれはいつも通り、地面の下だ」
ヘスティが席を外している間に、我が家の敷地の中に埋まってもらった。
この前のダンジョンマスターの時と同じような要領なのでさらっと埋めることが出来た。
「……さっき、龍脈の魔力が微強化されたのを感じたけど、そのせいだったの」
「へえ、少し強化されてるのが分かるのか。俺には全然、その辺りの感覚は無いんだけどな」
「気にしないで。多分、アナタからすると砂漠に一つまみの砂が混じった程度だから」
その例え方はどうなんだろうな。俺もちょっとは感知できるようになりたいんだが。
あとでサクラとヘスティにコツでも聞こうか。
まあ、なんにしても、だ。
「こうして、ゆっくり温泉に浸かれるんだから、平和に終わって良かった良かった」
「ん」
ヘスティは小さく頷いたあと、俺の顔を見た。
少しだけ照れくさそうに笑って、
「そして、今更だけど、ありがとう。すごく、助かったし……アナタがきてくれて、嬉しかった」
「おう、どういたしまして」
そんなふうに会話しながら、俺たちはゆっくりと、温泉の温かみを味わった。





