80.竜王の露天風呂
俺は自宅の裏庭に、二人の竜王と共に立っていた。
サクラは先に家の中に戻って、昼ごはんの用意をしているとのことだ。
用意が終わるまでにこの温泉作りは済ませておきたいので、さっさと聞くべきことを聞いてしまおう。
「ここに二枚、アンタの鱗がある。今回はこれを使わせてもらう」
俺が裏庭に置いたラミュロスの鱗をコンコン叩くと、彼女は申し訳なさそうな顔をした。
「わー、こっちにも落ちて来ちゃったんだ。御免ね、ダイチさん」
「それはもう済んだことだから気にするな。んで、このうろこを折り曲げたり、砕いたりして、温泉の浴槽を作ろうと思うんだが、何か注意点とかあるか?」
聞くと、ラミュロスはポケーっとした顔で首を傾げた。
「注意点? 特にないかなあ。ボクの鱗とか、硬いだけで、他に特性もないし」
「待った待った。その頑丈なのが、問題、だから。ラミュロスは、適当に話し過ぎ」
軽く放たれたラミュロスの言葉に対し、ヘスティが慌てて補足してくる。
「ラミュロス……星竜王の鱗は最硬。もっとも加工しづらい鱗のひとつ。だから砕き方に気をつけないと、怪我したり、時間を無駄にしたり、する」
なるほど。そんなに硬度があるのか。
そういえば、ディアネイアも似たような事を言っていたっけ。
砕くのに魔女が大勢必要だった、とか。
「わあ、すごいすごい。流石へスティだね。ボクの知らないことでも知ってるなんて! ボク、自分の鱗で何かを作った事ないから分からなかったよ」
「…………まあ、この調子で、のんびり屋で、知識もあまり無いから、知識方面だったら我に聞いて」
説明に拍手するラミュロスを見て、ヘスティはちょっとうんざりした顔をしている。
なんというか、面白い相性をしているな、この二人。
「んじゃあ、砕き方があるんだったらそれを聞きたいんだけど。どうやるんだ?」
「コツは、縦に入った鱗の模様に沿って力を込める事。ここに力を集中すれば、多少は楽になる」
鱗をじっくり見ると、木目のような模様が入っているのが分かった。
そうか、これが模様か。
「ん、それでも、砕くのは、大変だけど。普通は思いっきり魔力を込めて、チマチマ頑張る。力が足りなかったりすると、鱗の硬さで怪我をすることも、ある」
「ふむふむ、じゃあ腕だけ《金剛》っと」
俺はウッドアーマーを腕にのみ装着する。
そして鱗を掴み、言われた通り、
「よいしょっと……!」
模様に沿って縦に力を込めた。すると、
――ベギリ。
粘り気のある金属のような音と共に、鱗が小さく割れた。
「おおっ、割れたけど、かったいなあ」
これまで加工してきたどんな素材よりも力が必要だった。
慣れるまで少し時間が掛かりそうだ。
そう思ってヘスティを見ると、彼女は眼を丸くしながら小さく呟いた。
「……御免。さっきの訂正、普通は、砕くのも大変。竜の鱗を、鍛錬できるようになるまで、数年の修行は必要、なんだけどなあ……」
なにやらヘスティは頭を押さえて悩み始めたけど、大丈夫だろうか。
「まあ、なんにせよ割れて良かった。この鱗、本当に硬いからな」
「ん、ラミュロスの鱗は防護素材として、一流。硬くて強くて、経年劣化もし辛い。だから中々、出回らないけど、高く売れる」
「えへへー、褒められると、なんだか照れくさいよー」
「……本人はともかく、素材としては、一流だから」
ヘスティは他の竜王と絡むと、途端に感情表現が豊かになるなあ。
なんて思いながら、俺は一流の素材に触れる。
堅いだけではなく、断面も綺麗だし、手触りもすべすべしている。
横方向に力を込めると綺麗に曲がってくれて、硬いのに柔軟性があるようだ。
色々な使い方が出来そうな、いい素材だ。
「うん、その柔軟性を出すのも、物凄い力が必要、なんだけど。アナタは、竜王素材の良さ、存分に引き出してるね……」
ヘスティは何か、疲れたような目でこちらを見てくる。
今更思い出したけど、さっきまで全力でラミュロスを受けとめていたんだっけか。
「ヘスティ、疲れたんなら休んででも良いぞ?」
「ん。今は、反応に、疲れてるだけだから、気にしないで」
そうか。ヘスティがそう言うなら、気にせず作ろう。
ラミュロスの鱗を砕き、一抱えほどの大きさになったもので、四角い槽をくみ上げていく。
浴槽はとりあえず、十人位が入っても、余裕で足が伸ばせるくらいに広い空間にしておく。
また、槽の内面は素肌で触れても怪我をしないように、削るべき所は削って、折り曲げれば
「よっしゃあ、これで浴槽は完成」
楕円形の浴槽が出来あがった。
あとは、温泉を引っ張ってきてる管を通し、温泉水で浴槽を満たす。
――そして、最後に屋根と、小さな脱衣所を樹木で組み上げれば、
「いつでも温泉に入れるな」
こうして俺の家に、竜王の鱗で出来た半露天の大浴場が完成した。
入るのが楽しみだ。





