78.竜王を洗う
ドシン、という音を立てながら、俺は全く動かない竜王を、平原に置いた。
「ふう、流石に重かった」
「お疲れ様です、主様」
ウッドアーマー《金剛》や、樹木でサポートしていても、少し疲れてしまうくらいに重かった。
まあ、これだけの巨体なのだから覚悟はしていたので、問題はないんだけどさ。
そう思って手をパンパンと打ち鳴らしていると、ヘスティたちが唖然とした顔で見てきた。
「どうした、そんな顔して」
「いや、その、よく、持てたねって……」
「ああ、なんというか、巨大な石を運ぶ巨人のようだったな。いつでも騎士たちの手を借りれるように呼んだのだが、無用の長物で終わるとは……」
ああ、なんで俺たちの後ろを騎士連中がついて来ているんだろうと思っていたが、ディアネイアが呼んだのか。
彼女も色々と協力してくれようとしていたらしい。今の今まで気付かなかったのは申し訳なかったけどな。
「ともあれ、現状を確認だ。ここでなら、暴れても問題ないんだよな、ディアネイア」
「あ、ああ、多少の騒ぎならば平気だ。避難もすんでいるしな」
「分かった。んで、次はヘスティ。こいつが病気か何かで落ちてきたのは分かったんだが、人の姿になったり出来ないのか?」
このままでは場所を取り過ぎる。せめて人型になってくれれば話もしやすいんだが。
「ん……さっきも話したけれど、スライムに取りつかれたみたい。だから、それを剥がさないと、無理」
「スライム、ねえ」
先ほど歩いている最中に事情を聞いたけれども、鱗でびっしりとおおわれた竜王に対して、スライムがどうこうできるのだろうか。
「ラミュロスは【最硬】の竜王だけれど、鱗が堅いだけであって、内側に滑り込まれたら、普通に肉がある。しかも、のんびりやだから、寄生されて体の自由が奪われるまで、気付かなかったのかも」
ラミュロスというらしい竜王の鱗は、ところどころ剥げている。
そして剥げた部分にはゼリー状の液体が付いていた。
「これが原因か?」
「分からない。だから、そこは、本人に聞いて。口は、ちょっと、聞けるみたいだから」
『ちょっとじゃなくて、ある程度、喋れるよー」
ヘスティと会話していたら、竜の言葉をラミュロスが発してきた。
『ラミュロス、だっけか? 喋れるのか?』
『うん、はじめまして。ボクはラミュロス・エステリア。ラミーでもラムでも、好きなように呼んで、ボクを助けてくれた人間さん』
『俺はダイチだ。でも、俺はアンタを助けたっていうか、受けとめただけだぞ」
『それでも、ボクは助けられたと思っているよ。ありがとう』
友好的な声色からは、敵意は感じられない。
どうやらこの竜は、敵対のために落ちてきたわけではなさそうだ。
そう思って話を続けようとしたら、横からちょんちょん、とディアネイアが小突いてきた。
「あ、あの、ダイチ殿? 唸り声のような音を出して、恐らく会話しているのだろうが、我々には分からないので、人間の言葉でお願い出来るか?」
「あー、そうか。そうだったな」
なんとなく竜の言葉のまま進めようとしてしまった。分かりづらいか。
「……まさか竜の言葉を操るなんて」
「地脈の主はどれだけ化物なんだ……」
後ろのほうで騎士連中がひそひそ話しているが、まあ、面倒なので無視しておくとして、
「人の言葉は話せるのか?」
「えっと……難しいけれど、これくらいなら、いけるかな?」
「十分だ。自己紹介もすんだことだし、早速聞くが、なんでスライムに絡まれて落ちてきたんだ?」
「んとね、一年前くらいに空のダンジョンに飛び込んだんだけど、その時に付いてきたみたい。ボク、暑がりだから冷たいヌルヌルしたものが付いてきて気持ちよかったんだけど……まさかスライムだとは思わなくて」
ラミュロスはえへへ、と恥ずかしそうに笑った。
一年単位でヌルヌルプレイを楽しんでいたのか、この竜王は。どれだけものぐさなんだよ。
「手の届かない所にも入っちゃったし、仕方ないから放置してたら、いつのまにか、体が動かなくなってて。……もう、ボクの意思だと体が動かないの。というか、勝手に動こうとするから抵抗するので精いっぱい」
そう言うラミュロスの尻尾はビタンビタンと、地面にたたきつけられていた。
見れば、彼女の体に接近しようとしていた騎士たちを吹き飛ばしている。
「これもアンタの意思じゃないのか」
「うん、首周りにまとわりついているスライムが、近づいてきたものを追い払おうと、ボクの体を操作してるみたい。無理やり、止めてるけど、尻尾は動いちゃうかな」
ラミュロスに言われた首周りを見れば、紫色をしたスライムが巻きついていた。
首輪のように食いこんでいる。
「ああ、これか。無理やりはがしていいのか?」
ヘスティに聞くと、彼女は首を傾げた。
「どうだろう。触れたら、取り込まれる可能性、ある。あと、スライムの中心にある核が、体の中まで食い込んでるから、ちょっと危ないかも?」
力づくだと駄目なのか。
そこそこ面倒だな。なんて思っていると
「ふむふむ、では私がテレポートでスライムだけ飛ばせれば、解決するか?」
そう言いながらディアネイアがスライムに近づいていく。
その時だ。
――ドッ!
と、スライムが針状になってすっ飛んできた。
「ひゃっ!?」
「おいおい、あぶねえなあ。樹木よ」
腰が抜けて座りこんだディアネイアの前に、金剛の腕部を伸ばして盾にした。
凹みがつくって事は、威力はそこそこあるな。
「あ、ああ、ありがとう、ダイチ殿」
「不用意に近づくなよ。これ以上面倒が起きるのは御免だ」
しかし、このスライムは意思がしっかりあるみたいだ。
そりゃそうか。でなければ寄生もしないし、人が近づいて来たら暴れるって判断も出来ない。
「って、そうか。このスライムに意思があるなら、いいのあったわ」
俺はディアネイアの手を握る。
「だ、ダイチ殿? こ、こんな時に積極的なのは嬉しいが、ちょっと腰がぬけたまま立てないんだが……」
「立たなくていいぞ。ただ、ちょっとウチまでテレポートできるか?」
「え?」
「持ってきたいものがある」
●
そして、一分後、必要なモノを持ってきた俺はラミュロスの前に立っていた。
「え? アナタの背中のソレ、なに?」
「これは、まあ、全部終わった後に使おうと思っていた俺の癒しアイテムだよ」
「癒しって……それ、多分、温泉? だよね?」
ヘスティの言うとおり、俺の背中には温泉が入った樹木の筒が二本、くくりつけられていた。
それはもう、たっぷりと源泉に近いレベルの液体を入れてきた。
俺はアーマー腕部の射出口をラミュロスに向ける。
普段は弾丸が吐き出される場所だが、今は違った。
「さて、それじゃあ、ものぐさなドラゴンを洗車してやろうかね。水弾発射!」
――ドバッ。
という勢いで、温泉水が勢いよく噴き出す。
水鉄砲の要領だが、勢いは非常に強い。
それはもう、ドラゴンの鱗ごとスライムを切り裂きかねないレベルで。
「――!?」
スライムはその衝撃に驚き、大きく逃げるように飛び跳ねた。
「お、剥がれた剥がれた。やっぱりこの温泉水、スライムに効くみたいだなあ」
「いや、あの、剥がれたっていうか、切れてる、よ?」
どうやら射出の勢いが強すぎたようで、水の勢いだけでスライムが削りきられていく。
まあ、でも、剥がれるのも切れるのも一緒だ。
そう思いながら、俺はドラゴンを洗いつづけていくこと十数秒。
「これで全部、剥がれたかな」
巨大なスライムが、ラミュロスの横にぽてんと落ちた。
「よし。あとは、容赦なく、力押しでいいよな、ヘスティ」
「ん、そうだね。スライムのコアになってる魔石を貫けば、終わり」
「――じゃあ、これで終わりだな」
俺の拳が、スライムのコアをぶち抜くのに、一秒も掛からなかった。





