77.お話からのお話
ボロボロになったヘスティは店の椅子に座って呆然としていた。
「おーい、大丈夫か、ヘスティ」
「はっ……、うん、だいじょうぶ」
「んじゃ、話をしようか、ヘスティ。昨日、俺を起こさずに出て行っちまったのは、どうしてだ?」
それがなければ、こうしてボロボロになる前に駆け付けられたのに。どうして言わなかったのかが気になった。
「……ああ、念のため。怒ってるわけじゃないからな。知りたいだけだからな」
聞いて数秒待つと、ヘスティはぽつり、と声を出した。
「……アナタが寝てる時に起こすのは、迷惑だし、駄目だと、思って」
ああ、なるほど。
その言葉を聞いて、俺は納得した。
そうだ。このヘスティは、飛竜の為に自分が犠牲になろうとするような、気遣いしまくるタイプだったんだ、と。
ただ、彼女は、少し勘違いをしている。だから訂正しておこう。
「えっとな、理由があって俺を起こすんなら駄目じゃないんだぞ? 特に今回のは、俺から頼んだことだしな」
「ん……」
理不尽なたたき起こしとか、迷惑な起こされ方をしたら、気分は悪いけれども。
というか、酒によった頭だと不機嫌になるけれども。
教えてくれって俺が言って起こされるんなら、別に何とも思わない。
「だから、まあ、なんだ? ずっと前にも言ったけど、俺に対してはもっと適当に、肩の力を抜いて喋っていいんだぞ」
「うん……」
ヘスティは小さくこっくりと頷いた。
彼女は頭の回転も速い。今回と同じことは、もうしないだろう。
「よし、それじゃあ、話は終わりだ。この店をどうにかする前に――上の星竜王をまずどかさないとな」
俺がそう言って空を見上げた瞬間、
「はあ……はあ……やはり貴方だったか、ダイチ殿」
ディアネイアが俺の店の前に、テレポートしてきた。
「おう、ディアネイア。なんというか、街の景観破壊しちまって、悪いな」
「いや、それはいい。むしろ、街を救ってくれた感謝をしたい。――本当にありがとう、ダイチ殿!」
ディアネイアは頭を大きく下げてくる。
「気にするなよ。俺は俺の店を守っただけだから」
「そうか、そう言ってもらえると助かる……」
そうして、ディアネイアは空を見上げる。
「本当に巨大な力だった。この樹木をダイチ殿が生やしてくれなかったら、街の中心部が壊滅するところだった」
「いや、今でも木の根っこで滅茶苦茶になってると思うぞ?」
思いっきり成長させたから、歩道が根っこで掘り起こされている。
「い、いや、それも必要な犠牲だ。……まあ、この木をどうするかは、ちょっと城の者と会議をしなければならないのだが……」
「あ、それは心配するな。それとあの竜を下ろしたら、この木も縮めるから」
「えっ!? ……これが縮むのか!?」
そういえば、ディアネイアには樹木の伸長を見せたことが無かったっけか。
「リンゴには戻せないが、樹木として圧縮することはできる。まあ、店の補強とかにも使えるし、ちょっとデカイ木くらいになるだろ」
恐らく、樹木に巻き込まれているような形の店になるが、それはそれで味があるだろう。
「あ、あの、ちょ、ちょっと予想外すぎるので、落ち着かせてくれ。そんな魔法の使い方、普通はありえないのでな……」
店の完成予想図を話していると、ディアネイアが胸を押さえて深呼吸していた。
別にそこまでの事でもないだろうに。
なんて、思っていると
「ありがたや、ありがたや……」
「ああ、生きているうちに、伝説の精霊様が見れて、ワシは幸運じゃ……」
身なりのいい、お年寄りから拝まれていた。
彼らの視線の先には、成長させた樹木と、俺がいる。
「んん? なんで拝まれてるんだ?」
「……あ、ああ、この街には、昔からの精霊信仰があってな? 街に危機が訪れた時、巨大な樹木の精霊――世界樹が守ってくれた、なんていう伝説があるのだ」
「へえ、世界樹の伝説ねえ」
それが上手いこと、今回の事態に合致してしまったというわけか。
「おとぎ話みたいなものなのだがな。……まさか実現してしまうとは思わなかった」
俺も実現させているとは思わなかったけれど、まあ、無事に終わったのならいいか。
「よし、それじゃあ、上で寝っ転がっている竜を広い所に運んで、もう一回お話タイムに入るか」
「ああ……それはいいんだが。どうやって運ぶつもりなのだ? あの重さでは私のテレポートも使えないんだが」
「いや、普通に、この体でだよ。何のために《金剛》を着こんでいると思ってるんだ」
「へ?」
それから俺は樹木を操作して街外れに星竜王の体を置いてから、《金剛》の力で星竜王を持ちあげて、平原まで運んだ。
その姿を街の老人たちに見られ、精霊の化身だなんだと拝まれてしまったのは、かなり気恥ずかしかったけれどな。





