76.祭りの前の救世主
巨竜が起きた。
ヘスティの耳に、高めの声が聞こえる。
「やあ、久しぶり。お腹の下にいるのは、ボクの幼馴染のヘスティでいいんだよね……?」
「挨拶は、いい! 今すぐ、体を起こせ!」
ヘスティは叫ぶが、巨竜の体に反応はない。
「無理……ボクの体の自由、効かない」
「なぜ!?」
「なんか、この前、空のダンジョンで変なスライムに絡みつかれた影響かも。上手く魔力が使えないんだ。動けたら、落ちる前に人型になってるよ」
「病気でももらったか……」
それで落ちてきたのか。
理由は納得した。だが、
「ラミュロス、が、でぶってるせいで、このままでは弾かれる!」
「酷いよー!」
酷いも何も事実だ。
体が軽くなる高空ばかり飛んで、動かない生活してたからだろう。
百年前の二倍近く重い。
「ぐぅ……」
重さに負けてこちらの体力と魔力が削られる。
鱗ごしに支えているから、腕は既にボロボロだ。
「ヘスティ……離れた方がいい。勢いは遅くなったけど、このままでは君も」
そんなこと自分でも分かっている。
だが、下には街がある。
意地でも、最後までどけない。
……出来る事は、やらなければ。
ヘスティは残る魔力を口元に集中させる。そして、
「白焔の衝撃!!」
衝撃で少しでも勢いを弱められればいい、とブレスを全力でぶちかました。
熱と衝撃で白煙が生まれる。そして――
「駄目、か……」
白煙をまとって、へスティは落下していた。
ほんの少しだけ、ラミュロスの勢いを弱められたものの、落下を止めるには至らなかった。
空には未だ、黒い影がある。
白く光る結界が、割れていく。
このまま街を潰して行くのだろう。そして自分も。
……我のミス……。
見ればディアネイアも、テラスで片膝をついている。
もうリカバリーは効かない。
……取り戻す為に、全部出したけど、足りなかった。
そう思いながら、上空の黒い影を見続けた。その時だ。
「おっとと、落ちると危ねえぞ」
背中を支えてくれるような感触があった。
そして、顔を向けると、そこには、
「どうして、ここに?」
「調べ終わったら、言えって伝えたろ? なのにいないから、俺の方から来たんだよ」
かつて自分を倒して、そして救ってくれた男がいた。
●
俺はヘスティを抱えて、地面に降りる。
韋駄天を着こんでいるので、着地の衝撃もしっかり消せる。
ちょうど自分の店の前だったので、カウンターの椅子に座らせておく。
「色々と言いたい事はあるけれど、まあ、頑張ったな。そこに座って休んでろ」
そう言って、俺は店の中に入る。
「ま、待って! まだ、上に……!」
「ああ、デカイのがいて話もできないな。だから今、止めるわ」
「っ!?」
息をのむヘスティを余所に、俺は店の中から十個の箱を取りだす。
加工前のリンゴたちだ。
それを一気に、店の周辺の地面にぶちまける。
「これで、いけるか、サクラ?」
「そうですね。この地は魔力がそこそこあるので、主様の魔力があれば十分に育つかと」
「そうか。まあ、本来の用途とは違うけど、リンゴはまた持ってくればいいからな。使っちまおう」
そう言って、俺は、韋駄天を解除し、樹木の構成を組みかえる。
「モード《金剛》っと」
「それは、我を倒した時の……。強いけど、それだけじゃ……!」
「慌てるなっての。これだけじゃない」
これはただの準備だ、と俺は店の土地とばらまいた種子たちを意識する。
「ウチの外でやるのは初めてだからな。サクラ、サポート頼む。足りないなら、この店に入っているゴーレムも使おう」
「はい。……とはいえ、主様の力なら、十分すぎると思いますよ」
「おう、それじゃあ、行くか」
イメージするのは、自宅で樹木を伸ばす要領。
この世界にきて初めてやった魔力の使い方だ。
あの時は、自宅のサポートやサクラがいないと想像も出来なかったが、今は違う。
もうなんどもやって慣れたことだ。
だから、俺は魔力を行使した。
「――全ての魔力を吸って、成長しろ、巨木よ!」
瞬間、俺の魔力を得た種子たちは店を囲むようにして、一斉に芽吹いた。
千本分のリンゴの木が絡み合い、重なり合って立ち上がる
「根深く埋まって、重ねて伸びろ!」
幹と同じくらい太い根が、店の地下と、街道をえぐって潜り込む。
しっかりとした土台を得た樹木の高さは家を越え、城を越えて、空に近づいていく。
樹木たちはねじり合い、圧縮し合う。
「ここは俺の店だ。そこでの安全と楽しみを潰すような奴は、俺の力で止めるだけだ」
数秒後、街の中心に極厚で長大な樹木が立ち上がった。
そして、頂上付近では極太の幹と青々とした葉が傘のように開き、
「意外と重たいけど、へスティとディアネイアのお陰で勢いも弱ってたし、こんなもんかな」
星竜王の体をしっかりとホールドし、受けとめた。
ミシリ、と樹木が軋んだが、折れる事はない。
「――すごい。ここ、龍脈じゃないのに、こんな事……!」
「慣れたからな。ウチじゃなくても、これくらいはできるようになったさ」
ただ樹木を成長させるという、基本技だ。
難しいことはしていない。
……まあ、ウチの方が楽にできるし疲れないんだが……。
それはそれだ。今はこれでいい。何せ、
「落下も完全に止まったし、とりあえず、これで話ができるな」
こうして、竜王の落下は終わりを告げた。





