75.星くずの竜王
俺とサクラは、かなりの速度を出して森と街の間を突っ走っていった。
「こ、これ、かなり凄いですね、主様。風景が物凄く早く流れていってます」
「おう、俺もコントロール出来てるか不安だったけど、意外と普通にいけるもんだな」
一歩ごとに地面に跡をつけて、飛ぶように走る。
着地の衝撃はそこそこあるが、樹木の鎧に補助されているので、ほとんど抵抗もなく足を動かせる。
韋駄天は、魔石で出来た燃料とスプリングを使って、加速率を上げまくった高速移動用だ。
かなり頑丈に作ってあるので岩やモンスターとの衝突事故も安心だ。
怖いのは、衝突するような人がいないかどうか。それは同期をしながら視界を広く取って、確かめているのだが、
「今日はこの平原に誰もいないんだな」
「ですね。冒険者の一人もいません」
普段はもう少し、人がいる筈なのだが、この日は珍しく閑散としていた。
というかモンスターもほとんどいない。
「まあ、でも走りやすくていいか。お陰で街までは早くつけそうだ」
俺はぐんぐん加速していきながら、空を見る。
そこには竜の形になった、大きな影があった。
「あれが落下してくる前には付きたかったから、助かるな」
「はい」
「それじゃあ、このまま行くかー」
そして、俺は街までの距離を一気に走破した。
●
朝焼けの光が差し込む中。
ヘスティとディアネイアは、プロシアの城のテラスで空を見上げていた。
彼女たちの目線の先には巨大な影があった。竜の鱗を持った影だ。
「もう、来た……!!」
「くう……こんな短時間で来るとはな。出来たのは、平原の避難勧告のみとは、毎度ままならないな」
ヘスティが会議に参加して、情報を伝えたものの、魔法使いの緊急配備すらも間にあわなかった。
「騎士団総員、住民の防護を急げ!」
「応!」
騎士団や他の魔法使いは、住民の避難や、落下物からの防護に走り回っている。
あの巨大な竜を止められる手は空いていないし、そもそも力が足りない。
「――だから、我たちが、ここで、踏みとどまらないと、行けない」
「ああ、その通りだヘスティ殿。その為に、どうにか平原を空けたのだしな」
会議で、ひとつの作戦は決まっていた。
というか、それ以外に思いつかなかった。
「……私が結界を張る。そこで勢いを弱めて、どうにか、あの巨体をずらし平原に落とす。という手筈で間違いないか?」
「ん」
ヘスティには、百年前の記憶がある。
当時の星竜王は寝ぼけて落下したのだが、その時の止め方と一緒だ。
「ディアネイア。聞き忘れていたけれど、アナタ、結界は、何枚張れる?」
「……局所的ならば、二十五枚まではいける」
五枚張れれば、人間の中でも上級者なところを、二五枚だ。
それはとてもすごい。人間中ではトップクラスなくらいすごいのだが、
「頑張って四十枚に出来ない? 一〇〇年前の落下は四十枚の結界で止まった」
「うっ……よ、よんじゅう……は、無理だ。だが、が、頑張れば三〇枚までいけるぞ!」
冷や汗を流して試算する様子を見て、ヘスティは小さく笑う。
飛竜たちも悩む時はこんなだった、と。
いや、奴らはもっと直情的だったから、一緒にするのは失礼だけれども、それでもヘスティは思い出してしまう。
「じゃあ、我、残り十枚担当する。そのあとに、我が、全魔力で加速して、あの土手っぱらに突っ込んで、ずらす」
その後は、結界の勢い弱めるなり、なんなりで、平原に落としてもらおう。
「体当たりするつもりなのか?」
「ん、百年前は、我が体当たりしても、ある程度は揺らいだから。やってみる」
「ふむ、質量差はあってもどうにかなるのか。まあ、私としては全力で結界を張ることしかできないのだが、そちらでも援護できないかやってみる」
言いながらディアネイアは杖を構える。
既に星竜王の赤茶けた鱗は見えている。もう少し近づいたら、突撃しなければ。
「出来れば、あの人に、連絡しておきたかったな……」
「ダイチ殿か。そういえば、伝え忘れてしまったな」
「ん、でも仕方ない。今回は、我の情報ミスだし、時間が無かった」
昨晩のうちに、彼に伝えておかなかったのもまた、自分のミスだ。
自分のミスは自分で取り戻さなければ。そう思って、ヘスティは頭上を見上げる。
もう、頃あいだ。
「そろそろ、出る。五秒後に、飛ぶから、気をつけて」
ヘスティは自分の足に力を込める。
周囲の空気が震える。
「ああ、では私も――展開する。多重結界・三〇《シールド・トリアコンツァ》!」
ディアネイアはその隣で杖を振り上げた。
瞬間、星竜王の直下に、三〇枚の光の壁がずらりと並んだ。
「我も、多重結界!」
それに合わせ、ヘスティも結界を張る。
合計四十枚の光の壁が、星竜王の体を載せる。
ずしり、という重みが、結界に掛かる。
「ぐう……重い……!」
ディアネイアは杖を構えながら脂汗を流す。
だが、そのお陰で、星竜王の動きが止まる。
「今……!!」
瞬間、ヘスティは空に飛んだ。
テラスを踏み割りながら、一直線に星竜王の土手っぱらに突っ込んだ。
「このまま、押し返す」
ヘスティは竜王のブレスを吐きだした。
衝撃破と共に星竜王の体を押しかえそうとしたのだ。
「ッ……」
これだけ近距離で放てば余波を食らうが仕方ない。
痛みよりも押し返すのが最重要だ。
だから、全力を出したのに、
「押せない……? これは、……前と、体重、違う!?」
自分の腕に掛かる反発力が、記憶とは違っていた。
ヘスティは、百年前から竜としての体型が変わっていない。
他の龍王も、成体になった以上、それ以上大きくなったりはしない。だから体重に変化など無い筈なのだが、もしかして、
「太ったな、こいつ!」
百年以上、高空でぶらぶらしてたせいで、丸々太ったみたいだ。
見れば鱗のはがれた部分からはぶよぶよした贅肉が見える。
「これは、計算外……!」
このままでは押し返せず落ちる。
だから、ヘスティは腹を殴りながら、大声を発した。
「意識が、残っているなら、目を覚ませ! ……ラミュロス・エステリア!」
そして、この星竜王の名前を呼んだ瞬間、
『この魔力の感触……は、幼馴染の、ヘスティ……かな?』
高めの、女性竜の言葉で返答があった。
そして巨竜は、目を開けた。





