71.朝帰り
ディアネイアとの話も終わり、アンネも帰り、店の仕込みも終わったころには、夜も遅くなっていた。
というか、ほぼ朝だ。
ヘスティはこっくりこっくり舟を漕いでいるし、さっさと店じまいをして帰ろう。
そう思って店から出て、カウンタースペースを閉めていた矢先のことだ。
「あ、こんばんわっす旦那!」
「ちわーっす!」
アッシュと、シャイニングヘッドの面々に出くわした。
月明かりと小さな街灯しかない場所だが、アッシュの輝きのお陰で視認性は抜群だったりする。
「おう、こんばんわ。今帰ってきたのか?」
「うっす! モンスター狩って、そこそこの金を稼いできたんで、酒おごらせて貰いたいんですけど、どうっすか?」
そう言って、彼らは銀貨の入った袋を掲げる。
酒か。まあ、普段ならば貰ったかもしれないが、
「今日はもう遅いから、帰るわ。悪いな」
「いいや、気にせんでください。また今度、奢らせてください」
「おう、そうさせてもらうよ」
と言って、別れようとしたのだが、不意にアッシュの首筋に変なものが見えた。
「おい、アッシュ。なんか、首筋に付いてるぞ」
「はい……?」
じっくり見ると、それは薄い色をしたスライムのようなもので、中心には魔石がついている。
「なんだこれ、生き物か?」
「おー、暗くて気付きませんでしたわ。寄生型の魔石スライムっすね」
首を傾けたアッシュはそう言って、スライムを指でつついた。
「寄生型って、やばくないのか?」
「こいつ、生命力は凄くても、強くないんで。おーい、ちょっと弾いてくれ」
「うっす」
アッシュの声に従い、シャイニングヘッドの一人が、スライムをナイフで弾き切った。
「まあ、こんな感じで。貫通系の衝撃に弱いんですよ。そして寄生といっても、一年くらい、ずっとへばりついてないと、栄養を吸えないんです」
「へえ……」
随分とゆったりしたモンスターだな。
「一年も生活してれば、潰れっちまいますしね。あっつい風呂に入っても死にますし。だからそこまで怖くないんですよ。偶に獣とかが乗っ取られて凶暴化したり、変質することはあるっすけどね」
なるほど、そういう変化球系のモンスターもいるんだなあ。
「これまで突っかかってきたファフニールの中にも、そういうのがいたのかねえ」
「かもしれませんね。このスライム、そこまで珍しいものではなくて、魔力とか生命力に強いのに惹かれるんで。多分、旦那もあった事あると思いますよ?」
そうだっけか。昔、ウチの周辺にきていた大きなスライムって、それだったのか。
ゴーレムとトラップで完全に消滅させていたけれども。
「結構大きい奴らが来ていたけれど、気付かないうちに叩き潰してた可能性があるな……」
「ははは、旦那らしいや!」
アッシュは笑った後で、真剣な顔を俺に向けてくる。
「……一応、魔石から魔力を吸ってでかくなることもあって、でかいのには相応に気をつけるんですよ、俺達でも。ただ、旦那はそういう話にすらならなかったのか。すげえや」
「褒められたことでもないだろ。……うん、今回そういう話を聞けて良かったよ。知識は持っておいて悪いもんじゃないからな」
特に俺の場合、気付かないうちに倒していた、というケースが多いしな。
「はは、この辺りとか、ダンジョンのモンスターに関してなら、俺たちも詳しいんで、困った時はいつでもきいてくだせえ。旦那の為なら、ひと肌でもふた肌でも脱ぎますからね!」
そう言って笑って、アッシュたちは去っていった。
「ふむ、モンスター知識か。それもあとで知っておくのも、面白いかもな」
あとで暇になった時、アッシュやヘスティたちに聞いておくのもいいだろう。
そう思いながら、俺は店を戸締りしていく。それが終わった頃には、
「くー……」
「あらら、落ちてら」
ヘスティが思いっきり寝てしまっていた。まあ、でも、起こす事でもないか。
一応、家までの道筋は覚えている。
「よっと……」
俺は寝入ってしまったヘスティを背負って、我が家へ朝帰りすることにした。





