70.祭りの前の知識共有
シーンとした場にヘスティの小さな声が響く。
「アレ? 我、なんか変な事言った?」
「いやあ、変じゃないし、むしろ言ってくれて助かったわ」
むしろ、最初からヘスティに聞くべきだったな。
ちょっと見ただけで気づいたみたいだし。
「へ、ヘスティ殿は知っているのか、これを?」
「ん、星竜王は、我と同じ、飛行系の竜王だから。存在は、知ってる。空のダンジョンの管理者、だしね」
なるほど、竜王だったのか。
知らない情報がどんどん出てくるな。
「あー……ウチの研究班の努力は一体……」
そしてディアネイアは一人で落ち込んでいるし。
「まあ、うん、お疲れさま」
ポンポン、と肩を叩いておく。
「知らなくて、当然。ここの上空にきたのは、一三〇年くらい、前。文献とかにも、乗ってるから、いずれ気付いた。だから、気にしないで」
「う、うむ……」
ヘスティもナイスフォローだ。
「なるほど、私が生まれる前から、いらっしゃるんですねえ。星竜王さまは」
アンネも会った事がないのか。
そりゃ、知らない訳だ。
「で、どんな奴なんだ? その星竜王って」
「なんというか、すごく、大きい体をしていて、温厚」
「まあ、そうだろうな」
落ちてきた鱗でさえ大きいのだから、本体は更にデカいことになる。
「我の竜形態の、十倍以上は、あるかな。大きさ」
「十倍以上って……三百メートルくらいはあるじゃないか」
そんなのが空を飛んでいたのか。
全く気付かなかったぞ。
「ん、空といっても、とても高い所だから。雲の上の更に上を、ふよふよしてるから、分からなくて、当然」
「はあ、そんな高い所から、鱗が落ちてくるのか」
「それは……地面にクレーターが出来るような威力になっても、おかしくない、な。それを難なく防いだダイチ殿はちょっとおかしいが」
そこまで言うか。
まあ、隕石の落下みたいなものだろうかね。
「でも、なんで鱗が落っこちてくるんだ?」
「脱皮か、なにか、だと思う」
「え? ヘスティとか、竜って脱皮するのか?」
「人型取ってれば、しないけれど。竜の体だと、偶に、ね」
「私も竜の体の時はしてましたからねー」
アンネはしみじみと懐かしそうに言う。
彼女たちの中では、普通のことなのか。
まあ、それはいいんだが、
「まさか脱皮なんてものがが、こんな事態を招くなんてなあ」
「ああ、老廃物で建物を壊されるとか、シャレにならん……。祭りを前にこんな問題が……! 対策を考えねば……!!」
そしてディアネイアはといえば、頭を抱えて考え込んでいるし。
毎回大変そうだな、この姫魔女は。
「寝る時間を調整すれば、まだネジ込めるか……。とりあえず今から帰って緊急会議だ。――ありがとうヘスティ殿! そして、ダイチ殿! 情報を提供してくれて助かる」
「俺は何もしてないけどな」
むしろ教えてもらった側だし。
「それでは、非常に勝手ながらこの辺りで一旦、失礼させて貰いたい。急ぎで、騎士団長に伝えねば」
「おう、頑張れー」
「ありがとう! では、また今度!」
そう言って、ディアネイアは店を飛び出していった。
「いっつも忙しそうだなあ、ディアネイアの奴」
「まあ、この街の偉い人ですからねえ」
なんてアンネと喋っていると、
「ん、ジュースできたのに、一人、いなくなった……」
ヘスティがコップを四つ抱えてやってきた。
「一個、余ったけど、我が飲めばいいかな? ともあれ、はい」
「おう、ありがとう」
俺はヘスティからコップを受け取る。
出来たてだからか、いいにおいがする。
「んじゃ、頂きます――」
コップの中身を飲んだ。すると、
――ジャリッ!
と、へんな歯ごたえがあった。
というか、ジュースじゃないな、これ。
リンゴをそのまますった、流動食みたいな感じになっている。
「……ヘスティ。これ、どうやって作った? 何か変なものいれてる?」
「リンゴだけ、だよ?」
「でも、なんか堅いんだけど」
「丸ごと魔力で潰して作ったから、かな? 芯とか、種とか、ちょっと硬いね」
「ああ、そう……」
普通は、芯を取り除くと思っていたんだが。そう言う常識はないらしい。
ヘスティはそのままグビグビ飲んでるし。
俺は隣にいるアンネにひっそりと聞いた。
「……アンネ、もしかしてヘスティって、料理は駄目系?」
「え、ええっと、姉上さまは食に無頓着というか、なんでも食べてしまうというか……。杖の材料の樹皮とか草とかも、食べていた時もあるくらいで……」
把握した。
そういえば、出会った時も腹を鳴らしていたのに、無表情で無頓着だったっけか。
色々な知識は豊富なのに、そういう所は抜けているのか。
「ヘスティ、これから料理をするときは、一声かけてくれるか」
「? ――ん、分かった。なんでか分からないけど、貴方がそう言うなら、そうする」
とりあえず、ヘスティのことが知れて良かったよ。
あと、この店の番は、頼まない方が良さそうだな。





