68.夜の密会
その日の夜、プロシアの城の若い騎士たちは、眠りに付こうとしていた
「いやあ、楽な一日だったな」
ダンジョンマスターからの襲撃から、既に数週間がたった。
仕事と言えば、戦闘訓練や街や城の巡回だけで終わる。
残りの時間は、仲間との酒飲みだ。
「おう、今日も簡単な業務だけで終わってくれて有難いぜ」
「俺なんて、もう何日も戦闘装備を使ってないからな。これくらい平和な日々が続いてくれると、本当に助かる。……こうして深夜まで飲んでも、ゆっくり休めるしな」
「はは、ちげえねえ。それじゃあ、今日もオヤスミっと」
そうして、若い騎士たちは、気を抜いたままベッドに入り休んでいた。
その時だった。
「――!?」
その場にいた誰もが、背筋が凍るような、重圧を感じた。
「っな、なんだ!?」
あるものはベッドから転げ落ち、あるものは金縛りにあったかのように、体をこわばらせた。
「う、動けねえ……な、んだ、これ……?」
「魔力の……波動か……?」
若い騎士たちが息を詰まらせていると、部屋の外から、先輩騎士の声が大きく轟いていた。
「総員! 装備を整えよ! 警戒態勢!」
先輩からの号令を聞いて、若い騎士たちは、はっとして自分の呼吸を整えた。
そして慌てて装備を整える。
「ええと、俺の装備どこだっけ?」
「ちょっと待て! まず明かりをつけろ!」
暗い部屋の中でてんやわんやになりながらも、装備を整え、
「今出ます!」
部屋の戸を開けて飛び出ると、そこには先輩騎士が立っていた。
「五分か。随分、ゆっくりしていたんだな。いや、それとも魔力に当てられて動けなかったか?」
「え、ええと……はい」
恥ずかしげに頷くと、先輩騎士はうんうん、と頷いた。
「あ、あの、そもそもこれは何事なんですか!?」
「ん、抜き打ちの警戒訓練だけど、お前ら、初めてか?」
若い騎士たちは顔を見合わせ頷きあう。彼らは、ほんの二か月前に入って来たばっかりの新人だった。
「偶にやるんだよ。平和になっているといっても、モンスターがはびこる魔境森や、武装都市のダンジョンもあるんだしな。気を抜ききったら駄目だっていう、騎士団長の方針らしいでさ」
「そ、そうだったんですか。普段も、こんな恐ろしい魔力を感じさせるのですか?」
「いやまあ、基本は姫さまの莫大な魔力を全力で放出することで、俺達を起こすんだけどな。……今日は異常なほどデカくて魔力だったから、特別だよ」
先輩騎士の顔には、脂汗が浮かんでいた。
若干、顔も青ざめている。
「竜王を見た時も恐怖を感じたけど、正直、それ以上だ。俺でもちょっとちびりかけたぜ。お前らは大丈夫か?」
「え、ええ、恐らくは……」
何人か怪しいものもいるが、それでも、どうにか半分くらいは堪えただろう、と若い騎士は思う。
「まあ、なんだ? こんなことは早々ないし、普段は酒を飲んでゆっくり休んでもいいけれど、警戒する時は警戒しないとな。しっかりやってこうぜ」
「は、はい!」
「うし、それじゃあ訓練続き。城の巡回行くぞー」
「了解です!」
そうして、騎士たちは、城の中で動き回り続けていく。
●
「……あー、なんか城の中でガチャガチャ言ってるんだけど、大丈夫か?」
俺が城のすぐそばに立っていたディアネイアに会いに行くと、何故か城の中で大きな音が聞こえた。
どうやら、外にいても聞こえてくるくらい、騒ぎになってるっぽいんだが。
「はは、気にしないでくれ」
ディアネイアは気にすることなく笑っている。
「貴方の魔力の気配を、戦闘系の騎士たちが察知して起きただけだ」
「いや、それ、いいのか?」
ただの安眠妨害になっていないだろうか。
「いや、元々やるつもりだったのだ。アンネ殿に少し魔力を解放して貰ってな」
「はい、たまにはこういう危機感も必要だということで協力するつもりでした」
「そこに、俺が来て、丁度いい感じになった、ということか」
不幸中の幸いだった。というか、ヘスティのコーティングだと、騎士を起こすくらいの魔力は漏れてるんだと、認識できたよ。
「俺、この状態で街にきて大丈夫だったのか?」
「ん、まあ、魔力を察知することに慣れている人間にしか分からないから大丈夫だ。この前、コーティングなしで来た時も、平気だったろう?」
そういえば、そうだな。あの時は、コーティングすらしてなかった。
「貴方と対峙したりしなければ、基本的には、大丈夫だから、どんどん街に来てほしいな!」
「ああ、まあ、善処するよ」
家に引きこもってるほうが好きなのは、どうしようもない性分なんだけどな。
「それで、ええと、アンネはディアネイアにアイテムをわたしに来たんだっけか?」
「あ、はい。そうなんです。これ、頼まれていたお薬と、魔法の文献です」
「おお、ありがたく読ませて貰うよ」
文献? 何か調べ物でもしているのだろうか。
「ちょっとした調査だな。あとは、魔法使いとして、もう少し強くなりたいと思っているから、こうして竜の知識を学んでいるんだ」
「真面目だなあ、アンタは」
「それしか取り柄がないものでなあ。ところで、ダイチ殿は、何故私に会いに? ま、まままさか、よ、夜這いとか……」
「いや、単純に聞きたいことがあっただけだ」
「そ、そうか……」
露骨にがっかりされたけれど、夜這いだったらそもそもアンネと二人で来ないだろう。
「ま、まあ、ここでの長話もなんだし、話しやすい場に移ろう。二人は、どこか、希望の場所はあるのかな?」
「私はどこでもかまいませんよ。用件は殆んど終わりですし、ダイチ様が話やすい場所が良いかと」
俺が話しやすい場所なんて、限られているというか、俺の家か、俺の店くらいしか無いんだけど。
「まあ、話すだけなら、俺の店の居住スペースでも出来るか」
ヘスティもいるし、あの謎の落石の話を聞くには良いだろう。
ここまで来た意味がないけれども、いい散歩になったとでも思っておこう。
「あ、そうなんですか。実は、私もダイチ様のお店の中に入ってみたかったんですよ!」
「では、ダイチ殿。少しだけお邪魔させてもらおう。テレポートで向かっても大丈夫かな?」
「ああ、それじゃ頼むわ」
そして、ディアネイアのテレポートで、俺たちは再び、店へと戻ることになった。





