64.久しぶりの街へ(滞在時間はお察し)
深夜になる頃には、ディアネイアは落ち着いたようだ。
顔を赤くしたまま、地面に正座をしている。
「すまない。取り乱した……。忘れてくれ」
「気にするな。忘れないけど」
「うああ……」
落ち着いた筈なのだが、先ほどまで自分を縛りつけていた樹木に頭をガンガン打ち付けている。まだ幾分情緒不安定なようだ。
「なにを恥ずかしがってるんだよ。いいじゃないか。酒乱したものと思えば。俺は気にしてないぞ」
「貴方が気にしなくても私は気にするのだ……!! よりにもよって貴方の前であんな痴態を……」
痴態はいくらでも見ている気がするから、今更感の方が強いんだけどな。
おもらしとかおもらしとかおもらしとか、何度も見てるし。
「うう、女として恥ずかしいのと魔法使いの戦士として恥ずかしいのは、別カテゴリなのに……」
「ああ、そうかよ。んで、体の方は大丈夫なのか?」
「う、うむ、過労で倒れていたのだが、既に微塵も疲れは感じない。感謝するよ、ダイチ殿」
確かに、顔は少し赤いが、血色は良い。
足腰もシャッキリしているし、回復したんだろうな。
「それにしても、ダイチ殿は毎日、あんなに美味しいリンゴジュースを飲んでいるのか?」
「え……いや、今回が初めてだな」
昔は風邪をひいたときとか、残業でヘロヘロになったときは、飲んでいた気がするが、この世界に来てからは、作ろうと思ったことすらない。
「それは……もったいないな。あんなに効果が出るのは置いておいても、あんなに濃くて美味しいのに」
「濃かったのか」
収穫して何日も経っている古いリンゴなのだが、そんなに味が変わるのだろうか。あとで確かめてみようかね。
「ああ、そうだダイチ殿。良いことを思いついた」
「うん? 良いこと?」
「ああ、この前、取れ過ぎたリンゴの処分で困っていると言っていただろう?」
そう言えば、そんな事を言っていた気がする。ウチのリンゴは魔力のせいか、腐るのが非常に遅い、というか、今の今まで腐ったことがないので、処理方法が限られていた。
「街で、売りに出したらどうだ? もちろん、原型のままではなく、ジュースにしてな。祭りもあるし客も多いと思うのだ」
「いや、どう考えても危険だろ」
自分がさっきどうなったか覚えてないのか。
街の祭りが大乱交にハッテンしてしまうぞ。
「いや、私が飲んだ感じ、ひとつの果汁を薄めれば大丈夫だ。一般人の魔力でも、それくらいは問題ない」
「そうか?」
「うむ、あれだけ濃いリンゴの味がするのだから、十倍や二十倍薄めても、味の方はぜんぜん平気だしな。元気にもなるから、良いと思うのだ!」
商売っ気からか、もしくは別のもので目をキラキラさせて、ディアネイアは言ってくる。
「ううん……商売ねえ」
「ダイチ殿なら、手軽に店や従業員のゴーレムを作れるし、良いと思うのだ。定期収入も得られて、いいことづくめだぞ?」
定期収入か。既に金庫部屋はパンパンだが、まあ、あっては悪いことではないな。
なんなら、使いきれない金を放り込んでおく場所にする事も出来るし。
ゴーレムに大量のリンゴを握りつぶさせて果汁を取り、適当に水で薄めるだけなので、俺の手間はそこまで、掛からない。
自立駆動させておけば、むしろ何もしなくても働いてくれるだろう。あとは店の土地の都合だが、
「そういや、街の一角に貰っていたんだっけなあ、土地」
「うむ! 今も手つかずだから、使ってみてはどうかな? 祭りの時に、拠点にすることもできるしな」
なるほど。まあ、ふらりと街によれる場所を作っておくのも良いかもしれない。
……俺は基本的に出不精で、家から出たくない派だけど、ヘスティやサクラが街に行ったときとか、泊まれる場所があってもいいか。
俺はほとんど行かないと思うが。街に行くよりも釣りとかしたり、地面を掘って温泉の設計をしたり、ゴーレムを更に改造してるほうが楽しいしな。
それでも、街に別荘を作るついでに、店舗にしてしまって、暇な時にリンゴの処分も行っていく。中々便利で良いかもしれない。
「うん、あって悪いもんじゃないな。じゃあ、ディアネイア。そこまでテレポートを頼めるか?」
「い、今か? もう夜だぞ?」
まあ、この時間だ。街に行っても、真っ暗闇だろうが、人がいなくて、ちょうどいい。
「善は急げだしな。早速作っちまうわ」
「りょ、了解した!」
というわけで、俺はディアネイアに連れられ、自分の土地へ向かった。
結果、一晩で店舗、兼別荘が建ちました
こうして俺は街の店の主という肩書きを手に入れた。
販売店員はゴーレムだし、開店時間は気まぐれだし、売りものはただの、薄めたリンゴジュースだけどな。





