60.テレポート
夕方。俺が庭でゴーレムを弄っていると、ディアネイアが訪ねてきた。
「ふう、久しぶりに来れたが、やっぱりダイチ殿のところは落ち着くなあ」
そしていつものように俺に金の入った袋を渡すと、サクラが出したお茶を飲んでくつろいでいる。
「俺の家は喫茶店とかじゃないんだけどな」
「す、すまない。つい、貴方の前だと一人の魔法使いになれるので、気が抜けてしまってな。――そ、そうそう! 喫茶店と言えば、ウサギの家、かなり繁盛しているようだぞ。ダイチ殿にお礼も言っていた」
「ああ、それは知ってる」
この前もウサギたちが来てたからな。
そうそうなんども金を渡しに来られても困るので、丁重にお断りしたけれど。
「というか、ディアネイアも金を持ってくるの、そろそろ終わりにしていいんだぞ?」
「いや、しかしだな。私には、それ以外に、貴方に渡せるものを持っていないのだ。装備品や、アイテムも考えたが、貴方へ渡せるものは殆んどないしな。私の気持ちを示せるものが他にあれば、一番いいんだがな」
俺としては、別にアイテムも金も、そこまで要らないんだけどな。貰えれば、嬉しいけれどさ。なんて思いながら、ゴーレムを弄る為の工具箱を片付けていると、
「む……? ダイチ殿? 工具箱の中に置いてあるスクロールはなんだ? 貴方がそのような物を持っているなんて珍しい」
「ん? ああ、これか。アンネの店で買ったんだよ。テレポートのスクロール」
「て、テレポートだと!?」
普通に言っただけなのに、滅茶苦茶ビビられた。どうしたんだ一体。
「いや、貴方のゴーレムが合わさると、ちょっととんでもない戦略が出来あがるからな。転送先で大暴れさせるとか……」
「うわ、えぐいことを考えるな、アンタ。でも、そんな事はしないよ」
「そ、そうか、良かった。貴方のゴーレムは一体だけでも戦略級だから、色々と想像してしまうのだ」
俺はそんな軍事的な運用をしたいと思った事は一度もないんだがな。
「って、そうだ。テレポートを使うのに注意とか、あるのか? これ、どうやって使うのかも分からないんだけど」
いざ使って、土の中にいる、とかシャレにならないからな。聞いておきたい。
「使い方は簡単だぞ? 開くと、スクロールの紐に書いてある登録個所に飛ぶだけだ。そして、注意点は、テレポートの発動条件はあるから気をつけないといけない、という点だな」
「条件?」
「ああ。テレポートの行使条件は一度その場所を訪れたことがある、というものだ。飛ぶ場所の空間を知っている必要がある」
へー、そんな手間がいるのか。
「一度、訪れなきゃ駄目なのか?」
「うむ。それは絶対だ」
ということは、あれだな。俺と相性が悪いかもしれない。
「定期的に訪れて場所のチェックや管理もしておかないと、壁の中に入る事もあるからな。結構大切だ」
「……俺、外出とかしてないから、テレポートは駄目かもしれないな」
イメージでなんでもしてきたとはいえ、ここにきて不得手が出てくるとは。
「まさか、魔法の中に外出が必須なものがあるなんてなあ」
そう言う意味では、ディアネイアは意外と凄かったんだな。かなりの場所にテレポート出来るみたいだし。
「まあ、貴方の場合はヘスティ殿がいたり、そもそもゴーレムで移動出来たりするから、特に問題は無いだろう。これの利点は距離と時間の短縮と体力の保持が出来るところだが、貴方は他の事で満たせてしまうしな。むしろうらやましい位だ」
そう言われても、あんまり実感はわかないんだけどな。
ともあれ、スクロールを買ってしまったのだ。適当に、練習代わりに、使えるときに使ってみよう。
「――あ、ああ、そうそう。移動の件で思い出したが、ダイチ殿。今度、プロシアで祭りがおこなわれるんだが、見学に来てみないか?」
「祭り?」
「ああ、街が出来て百年目を記念しての催しで、そこそこ賑やかになる筈だ。出店や屋台なども出る。だから、少し、ここにいるメンバーで寄ってみるのはどうかと、思ってな。もちろん、私が付きあって、案内もするぞ!」
祭りかあ。人混みはそこまで好きじゃない。
のんびり釣りとか、飛竜観察とかしている方がいいのだけれども。
……でも、そうだなあ。
ちょっとした観光くらいなら、良いかもしれない。
人ごみで辛くなったら、それこそテレポートスクロールで帰ればいいんだしな。
退路は完ぺきだ。あとは、
「サクラ、行ってみたいか?」
お茶を運んで来ていたサクラにも聞いてみる。
「主様が行きたいのであれば、もちろん、私もお伴させてもらいます」
サクラも興味がないわけじゃないらしい。
だったら、行ってみてもいいかもな。
「開催はいつなんだ?」
「うむ、二週間後だな」
「じゃあ、その時にちょっと顔を出すわ」
そう言うと、ディアネイアはパーっと表情を明るくして、
「う、うむ! それでは準備を頑張ることにしよう! 色々と情報が出たら知らせに来るから、
待っていてくれ」
そんなふうに興奮して、街の方に戻っていった。
「随分とまあ、楽しそうだな」
「主様と一緒に行けることが嬉しいんだと思いますよ」
ふふ、とサクラはほほ笑みながら言った。
その辺りの気持ちは良く分からないけれども、まあ、楽しみにしておくか。





