―side ディアネイア― 順調な拡張と、予兆
昼間の執務室。
ディアネイアは昨日の夜から書類とにらめっこしていた。
モンスターの活性化による街の被害や修復状況、そして拡張状況などが記載された書類を一つ一つ確かめていた。
……私には、政務の才能はあまりないが、現状の確認はせねばな。
問題があった時、対応策くらいは考えておかなければ。
大魔道士として戦うことすらできなくなる。そんな思いで街の開発状況を見ていたのだが、
「ん?」
ディアネイアが声を上げると、向かいの机で書類を整理していた騎士団長が首を傾げた。
「どうかなされましたか、姫さま?」
「街の西部の調子が良いんだ。他の地域よりも、金回りがいい」
他の地域に比べて、二割増しで修復が早まったり、拡張されていたりする。なにか、景気の良くなることでもあったのだろうか。
「そうですね。報告書によれば、どうにも、数点の店舗から物凄く金が流れていったらしく、その周辺から経済が活性化したらしいです」
「出所はどこだろうな」
「ええと、アンネ・タイドラ様の店と、戦闘ウサギの店が影響している、と、報告を聞きましたが」
「……ううむ」
ウサギの店はともかく、アンネの店は、そこまで人気では無かった筈だ、とディアネイアは思う。
開店と同時に見に行ったが、そこまで客足は無かったのは記憶に新しい。
……売っているのは良いものなんだが、どうにも高額商品が多かったからなあ。
竜王の品物だから仕方ないかもしれないが。それを買うような上客に出会えたんだろうか、なんて思っていると、
「それと『これは、あの方から受け取ったおかねですから、こちらにも回さなければ』とか言って、周辺の店でお金を使いまくっていたとの情報が。この街に移住するのにかなりの額を使った筈ですが、景気が良くて何よりですね」
「あっ、うん。なるほど」
騎士団長の言葉で何となくわかった。
「姫さま? 何か気付いたことでも?」
「気付いたというか、結論が分かったというか」
要因を察した。恐らく、だが、
「……まあ、ダイチ殿だろうな」
「……なるほど。あの方ならば、ありえますな」
騎士団長も頷いた。
というか、ほぼ確定だろう。
これだけの金を簡単に動かせるモノなど、この街には殆んどいない。
「これはまた、お礼にいかなければいけない案件だな。騎士団長、品物を頼む」
「はっ……ですが、まだ渡していないものが、溜まっておりますよ?」
「それも含めて、順々に渡すさ」
彼には、なんど命を助けられたか、なんど街を守られたか、分かったものではない。
だから、思いつく限りの礼をしようと思っているのだが、時間的制約もあり、なかなか行けていない。
「今日は街の視察があるから、明日、うかがう事にするか。それまでに準備を頼む」
「了解しました」
「さて……それでは、今日の業務の続きだ。街の視察に行ってくるよ。ダイチ殿が動いた影響を見るのも、必要な事だしな」
そして、ディアネイアは、軽く装備を整えて街へと向かうのだった。
●
アンネの店は、微妙に客は入っているようだが、やはり大繁盛、とまでは行っていないようだった。
尋ねると、お茶を出してくれるくらい、暇らしかった。
……まあ、開店したばかりだしな。
時間がたてば色々変わっていくだろう。そう思って、ディアネイアはもうひとつの新しい店を見る。
「こっちは、今日も行列ができている、と」
ウサギの店では、連日の行列ができている。
王都の冒険者どころか市民にも大人気なようだ。
「この店が儲かれば税収も増えるので、かなり有難いな」
男性市民の夜の戦闘力が奪われていそうだが、この店が出来たことでちょっとだけ治安もよくなっているし、良いガス抜きになっているだろう。
「なにより、健全な店だから、問題も起きづらいしな」
街の環境も良くなり、市民も楽しめる。
そして経済が活性化し、街も拡張されていく。
半分以上、あの森の魔力スポットに住まう彼が要因になっている。有難い話だ。
自分自身も、彼を思い出すたびに、心の底が熱くなって、やる気も出るし、あとでちゃんとお礼をしなければ。
なんて考えていると、不意に、ディアネイアは思い出した。
「……っと、そうだ。森と言えば、ウサギたちが逃げてきた理由を確かめなければな」
落石があったのであれば、調査の必要がある。
ディアネイアはウサギ立ちの集落に移動することにした。
●
ディアネイアはテレポートでウサギたちの集落を訪れた
ウサギたちからの歓迎をそれとなく受け、そして、落石現場に案内されたが、
「これがウサギたちの店と、落石、か。……でかいな」
想像以上に、現場は酷かった。
大きめの店舗だったモノを、灰色をした巨大な物体が潰していた。
ただ、その物体はとても岩のようには見えなかった。
岩にしては、やけに表面がつるつるしているし、格子のような模様も見える。
叩いてみると、カーン、という軽い音が返って来た。
「金属……でもないよな。なんの素材だ、これは」
ディアネイアの知識には無い。だが、脅威である事は確かだ。
「この大きさで、石以外のものがふっとんでるとなると……危険だな」
そして、この物体に触れていると、ちょっとだけ、嫌な予感がした。
なんら確証のない、本能的なものだが、これまで何度も命の危機にさらされてきた自分の体が言っている。だから、
「念のため、少し採取して、研究班に調査してもらうか」
研究班は優秀だ。すぐに結果は出てくるだろう。
……面倒なことがおきないでほしいが。
自分の嫌な予感は杞憂であってほしい、とそう思いながら、ディアネイアは城へ戻っていく。





