56.ウサギのお店
ゴーレムを片付けて、しばらくした後、ウサギたちは目を覚ました。
「ん……」
「おう、起きたか」
「はっ……ここはっ……!?」
一番偉そう、というか、頭に王冠を載せているウサギに話しかける。
「ちょっと話をしてもらいたいんだが、いいか?」
「え……?」
そして俺の顔を見た瞬間、
「ひい……!!」
久しぶりの反応が来た。
じょばっ、と薄い布の隙間からおもらしされたものが排出される。
他のウサギたちもガタガタ怯え出している。
……あー、懐かしいな。
「お、おい、なんで私を見るんだ!」
なんというか、俺の周りにいるのは、俺に慣れてきた人とか、竜とか強めの奴ばっかりだから忘れていた。
気を抜くと、こうなるんだなあ。
「なんというか、もう、俺、初対面の人に会う時は、魔力を抑え込んだ方が良さそうだなあ」
人に会うたび会う度これをやられたら、たまらない。
その時はヘスティにでも頼もうか。
ただまあ、それは後回しだ。今やるべきは、
「話を聞きたいんだけど、喋れそうか?」
「ひ、は……はい……」
ウサギたちのリーダーらしい子は、震えながらも頷いた。
やっぱりあれだな。リーダーっぽいのは強いやつがなるんだな。
「今回、なんでモンスターと一緒に俺を襲ってきたんだ?」
「お、襲うなんてとんでもない! ……い、いえ、別の意味で襲おうとはしたんですが、それでも危害を加える気は全くないです! 特に貴方のような上質の魔力を持っている人に、そんなこと出来ません!」
「本当か?」
「は、はい! だから――私はともかく、後ろの子たちは見逃してください……」
ウサ耳をピンッと立てて、必死に訴えかけてくる。嘘じゃあなさそうだな。
なら会話は出来そうだけど、
「っひ……」
彼女たちは俺が少し動くたびにビクビクしている。
これじゃあ、落ち着いて話が出来ないじゃないか。
「ったく、安心しろ。別に俺は、お前らを殺したりはしないよ」
「ほ、本当、ですか?」
「ああ」
この森の奴らは、すぐに命のやり取りレベルまで考えをもっていく傾向にあるが、俺は違う。だから、彼女たちを落ち着かせてから、話を再開する。
「んじゃ、なんで俺を別の意味で襲おうとしたのかを聞こうか。別の意味って、あれだろ? 性的に、だろ?」
「は、はい。貴方様の精を吸わせてもらえれば、集落全体の飢えがなくなる、と思いまして」
「飢え?」
このウサギたちは飢えているのか? 豊満な体つきをしているから、そうは見えないんだが。
「食事の飢えではなく、精と魔力の飢え、です。集落には今まで一杯、プロシアの男の人が来てたんですけれど、全然来なくなってしまって……精が足りなくなってしまったんですよ」
なるほどな。それで、集落全体が飢えてしまって、近場にある俺のところにきた、と。
「正確には、近場で、とても大きくてたくましい力を持っている貴方様のところに、です。多分、これだけあれば、集落の全員が吸っても、ぜんぜん元気だろうと思って……」
ウサギリーダーは、ちょっと顔を赤らめて、俺の体を見つめながら言ってくる。
そんなに見られても何も出るものはないんだが。
「というかディアネイア。王都では、そういう娯楽は禁止してるの?」
「禁止はしていないぞ? 森が危ないといっても冒険者どもは基本的に行くだろうし、なにが原因なんだ?」
ディアネイアが聞くと、ウサギのリーダーは空を指差した。
「集落の入り口に構えていたお店が、空からの落石で潰れてしまったのです。そこでお客さんのデータも損失してしまったんです……」
「空からの落石?」
この時期になると、石が降ってくるのか、この世界は。
まあ、魔法とかも普通にあるんだし、誰かがぶっ飛ばした岩がぶつかったのかもしれないな。
「それで、店舗が物理的に潰れて、営業できなくなったから、この状態になっている、と?」
「はい……。あの大岩がどかせない以上、同じ場所にお店も作れませんし……」
ウサギたちはしょんぼりして言った。
「死活問題です。私たちはお客様のデータが契約がないと、夜の業務に入っていけませんし。再建する土地も費用もなくて……うう……」
涙目というか、半分くらい泣いている。
ううむ、しかしどうしたものか。
彼女たちが襲ってきた理由は、店が潰れたのが大きい。
たとえ借金とかして、新しい店を作っても、その場所が分りやすくなければ人は来れないだろうし。
……って、そうだ。
「ここに丁度いい奴がいるじゃないか」
俺はディアネイアに顔を向ける。
「うん?」
だが、彼女は首を傾げるだけだ。気付いていないのか。
「アンタ、プロシアの統治者だろ? だったら街の土地を使って、こいつらに店を構えさせてやることもできるんじゃないのか?」
「あー……そういえば、そうだったな……!」
こいつ、今の今まで忘れていたのか。
「い、いやあ、ダイチ殿と会うときは大体、大魔術師モードだから、すっかり忘れていたよ。……そうだな。街で余っている土地はあるから、店を開くことは可能だな、うん」
「ほ、本当ですか!?」
ウサギたちの目が一気に輝いた。
「そうだな。ウチの町には娯楽が少ないからな。ガス抜き施設としては丁度いいかもしれない。問題が起きても取り押さえるような冒険者は多いし……ただ、なあ」
「何か問題があるのか?」
「うむ。国の事業ではないからな。費用を私が融資するわけにはいかんから、資金調達はどこかでやってもらわなければならないが、……アテはいるのか?」
言われて、ウサギたちは悲しそうな顔をして首を横にふった。
まあ、そんな人に心当たりがあるなら、直ぐに再建しているか。でも、うん、そうだな。
「家は俺が作って、貸し出せばいいだろう」
「えっ!?」
「ダイチ殿が? いいのか?」
「まあ、森の木をいくらか使わせてもらって、家を建てるくらいは簡単だからな」
俺が払うのは、ほんの少し、遊びで使う魔力くらい。
材料とかは森の一部で、特に損はない。
それに、このウサギたちを路頭に迷わせていたら、また襲いに来られる可能性がある。
それは、脅威ではないけれど、若干面倒だからな。
だったら店の一軒くらい立ててやって、そこで働いてもらった方が、楽だろう。あと、俺もちょっと行ってみたいし。
「ってわけで、土地と店舗は貸せる。それでやれるか?」
「は、はい!!」
ウサギたちは、全員で、大きく頷いた。
「こ、このご恩は、一生、一族ともども、忘れません! ありがとうございます!」
そう言って、ウサギたちは抱きついてきた。
すごくふわふわ感触があった。
なんというか、触れただけで、ウサギっていいものだな、というのが分かる。
うん、これは、確かに冒険者が嵌る気持ちも、分かったよ。
「ん……、なんか、家の最上階から、黒っぽい魔力が、出てる」
などと、ヘスティが言っているけど、気にしないことにした。
――後日。
王都プロシアの町外れに、『ウサギの酒場』が出来上がった。
屈強な男たちが通い続ける名店となったのは、それまた少し後である。





