55.森を支配する者たち
ゴーレムの分厚い腕から解放されたディアネイアは、切り株に突っ伏していた。
「ううう、酷い目にあった……」
「裏口から入ろうとするからだろ。何の用だ、半裸魔女」
「半裸にしたのは貴方のゴーレムだろうに……!」
ディアネイアは恨めしそうな眼で見てきながら服を着直している。
そして、しっかり装備をつけ直して、涙目を拭いてから話し始めた。
「私はこの辺りの視察にきたのだ」
「視察って、なにかあったのかよ」
「ダンジョンの活性化が収まったとはいえ、注意しておいて損はない、と思ってな。治安維持の一環だよ」
治安維持ねえ。
プロシアはモンスターの襲撃を受けたばかりだし、敏感になるのも分かるけど、この姫は相変わらず真面目だな。
「でも、なんで森の北の方から歩いてきたんだ? そっちに、やばいモンスターとかが出ていたのか?」
「いや、そうではない。ただ、北に本拠地を構えているウサギ人種の様子がおかしくてな。見に行って来たのだ」
「ウサギ、か……」
確か、人狼と領地を分けあっている種族だったな。俗称は戦闘ウサギだとか言っていたっけ。
俺は会ったことないけれども。
というか、何故か人狼たちが合わせようとしないんだよな。一目見たいと言ったら、
『あのウサギどもに合わせたら、我々が王の奥さんにブッ殺されかねないので……』
とかなんとか、訳の分からない事を言っていたし。何だろうな。
「ともかく、そのウサギがどうしたって?」
「なんだか集落の外に逃げ出しているらしいと、人狼のオサから報告を受けたのだ。それで見に行ったら、確かに、集落はもぬけの殻だった」
「なんか不味かったりするのか、その、戦闘ウサギが外に出ると」
聞くと、ディアネイアは数秒黙った。どう答えていいか迷っているような感じだ。
「ええと、ダイチ殿は戦闘ウサギの習性を知っているか?」
「会った事もないんだから知るわけないだろ」
「そうか。ええとな、戦闘ウサギの正式名称は、ナイトバニーと言ってな? ……その、時折、人間の男の精を吸っていくのだ。彼女たちは性欲で魔力を回復するタイプだからな」
はい? この姫魔女は、なんて言った?
「……ナイトバニー? なんでその名前があるのに、戦闘ウサギって名前が付いてるんだ?」
「その俗称がついた理由は三つある。ひとつは子供に対する配慮。二つ目は、普通に戦闘でも強いこと。冒険者の二人や三人くらいは余裕で押さえつけてしまう。――そして、最後は……その、街の男どもの『夜の戦闘力』を根こそぎ奪い、自らの魔力を回復していく。その恐ろしい『夜の戦闘力』を表しているのだ……」
なんだろう。戦闘力って言葉が変な意味で聞こえてくるぞ。
うん、なんというか、ちょっと会ってみたくなってきたな。色々な意味で。
「……ダイチどの? 表情が何だか変な感じになっているぞ?」
「きのせいだ。それで、その戦闘ウサギはどこにいったんだ?」
ナイトとかよく分からんから戦闘ウサギで付き通すけどさ。
「それを探している途中に、ここに来たのだ。集団で根こそぎ精を奪われると一大事だから、どうにか捉えるなり、話を聞くなりしたくてな。……足跡を追ってはいるものの、見つからないし、どうしたものか……」
などと、ディアネイアと話していると、
「ねえ、ウサギってこの子たちのこと?」
「うん?」
ヘスティが声をかけてきた。
彼女は、庭の外周部で、吹っ飛ばされて気絶しているモンスターをツンツンしているが、
「モンスターに混じって、襲ってたから、たおれてるよ?」
その中に、ウサミミとウサ尻尾を生やした少女たちもいた。
「あ、マジだ」
「きゅう~~」
目をぐるぐる回して、完全に気絶している。
「……なんというか、仕事が早いな、ダイチ殿は」
「いや、仕事したつもりは無いんだけどな」
ともあれ、俺を襲ってきたんだ。
ちょっとばかし話を聞く必要がありそうだ。





