40.重なる出会いと重なる問題
リンゴ畑に置かれたイスに腰掛けて、俺はディアネイア達の話を聞いていた。
「なるほど。武装都市と王都は協力体制をとっていて、アンネはその使節だ、と。それは分かったけどさ、なんでまたアンネとディアネイアは、森の中から、出てきたんだ?」
しかもモンスターをひきつれて。あの泥人形は、俺も初めて見たのだが。
一体、どこからやってきたんだか。
「ええと、私もあの人形は初見なのだ。森に入ってすぐに襲われたから、出どころも分からないんだ」
なんだそりゃ。森の情報とか俺よりも知っているのに、初見だったのかよ。
「うむ。ダイチ殿も出会った事は無いのだよな? あの黒土の人形に」
「全く。新しく生まれたのか?」
「いや、この魔境森の土は黒土ではない。だから自然生成される筈は無いのだが……」
へえ、何かの突然変異かな。
「アンネは何か知っているか?
「……いえ、私もこの森は初めてですので。ディアネイア様に探索の案内を頼むくらいですし」
「探索の案内? そうなのか?」
「うむう……竜への対策や人狼の現状を教えたりするのに、探索しに来たのは合っている。ただ、ダイチ殿の下に来る予定は、本来は無かったんだ」
まあ、そうだろうな。
俺みたいな、森に暮らしているだけの人間の所に、他の街のお偉いさんを連れてきたりはしないだろう。
「あー………………まあ、その認識でいてもらって大丈夫だ、うん。むしろそっちの方が有難い」
なんだその変な間は。
「い、いや気にしないでくれ。ともあれ、アンネ殿。今回の件で、王都での人狼被害が減った理由、分かってもらえたかな?」
「はい。驚きました。まさか人狼たちが道案内や商売を普通にしているだなんて。被害が激減しているとは聞いていましたが、ここまで大人しく、人の社会に馴染んでいるとは思いませんでしたから」
へえ、人狼たちも上手くやってるんだなあ。
そういえば、最近は愛想も良くなってきている気がする。
人との交流を深めたことによる作用だろうか。ならば、悪いことではないだろう。
「私の街の脅威もひとつ減りますし、本当に助かります。しかし、彼らの意識を変えたのはなんだったんでしょうか……。私たちが森の奥に行くのを全力で留めてきましたが」
「ま、まあ、彼らにも色々あるのだろうさ。うん、深追いしてはいけないぞ、アンネ殿」
「そうですね。理由はともかく、話し合いでどうにかできるのは良いことです。ゴブリンやオークは話し合いが出来るので良いのですが。ダンジョンから這い出てくるモンスターには説得なんて通じませんからね」
へえ、オークやゴブリンって喋れるんだな。
初めて知ったよ。というか、
「モンスターってダンジョンから湧き出るものなのか?」
「はい。ダンジョンでしかわかないモンスターもいますし、外部で生まれたモンスターも魔力をエサとしているので、集まりやすく、繁殖もしやすいのですよ」
なるほどなあ。魔力のある土地に集まる性質がある。
それは俺も何となくわかってはいたけれど、ダンジョンってモノは厄介だな。
「っ――て、もしかして、この辺もダンジョンだったりするのか?」
「いえ、これだけ魔力の濃い龍脈なら、そもそもモンスターが生まれる事さえ大変と思います。濃すぎるとモンスターにも害なんですよ。ダンジョンは適度な魔力濃度になっていますし」
……なんだろう。
モンスターにも害になる様な場所で暮らしているって言われると、変な気分になる。
いや、別にいいんだけどさ。居心地は良いし。
街から遠く離れてるから基本的に静かだし。イメージするだけで魔法を使えて自己防衛も出来るし、省エネしたい時は杖だって使えるしな。
うん、いいことづくめだ、なんて思っていると、
「あら、ダイチ様? 腰に挿しているのは杖……ですか?」
「ん? ああ、これ? そうだけど」
むしろ、杖以外の何かに見えるんだろう。
「いえ……その、杖にしては太すぎるし、異様なくらい強い力を感じさせてくるので」
アンネの目は、俺の腰に釘づけになっている。
そんなに珍しいのだろうか。いや、俺は杖と言えば、この形しか知らないんだけどさ。
「ちょっと見せて貰ってもいいですか? 素材を知りたいので」
「ああ、はいよ」
いつまでも腰から目を離そうとしなかったので、引き抜いてちゃんと見せてみる。
すると、食い入るように見ていたアンネの口から、ぽつり、と言葉が漏れた。
「これは……竜王の骨が使われていますね。竜王の杖の実物、久しぶりに見ました」
「な、なんだと!? 竜王の杖だと!?」
「いきなり大声を出して、どうしたディアネイア」
両手に力拳を作って立ち上がる位に興奮しちゃったよ、この姫魔女。
なんだっていうんだ。
「だ、だって、竜王の杖だぞ!? 本来は至宝級の逸品で、宝物庫にしまわれたり、国難の際に最強の魔法使いに貸出したりするものなのだぞ!?」
そんな逸品だったのかこの杖。
知らなかったとはいえ、何度もポキポキやってしまっていたとは、作成者には本当にすまない事をした。
「いつのまに、こんな獲物を手に入れていたのだ……」
「いやあ、貰いモノだ」
「もらっ……!? ――そうか、貴方ならば貰っていてもおかしくは無いか」
「? おかしくはない、とは? どういうことです?」
アンネの目がキラリと光る。
なんだ、やけに食い付いてくるな。
「それは……」
そしてディアネイアは数秒言い淀んでから、こちらを見てくるし。
なんだその助けを求めるような目は。
「いや、貴方の同居人の事を喋ってもいいのか、と思ってな……」
「かまわねえよ、そんなの」
別に、減るもんじゃないし。
そう言うと、ディアネイアはこっくりと頷いて、
「実はな。ダイチ殿には同居している人がいてな。その人というのが――」
喋り出そうとした。
――まさにそのタイミングで。
「ただいま」
森の中から、ヘスティが戻ってきた。
とてとて歩きで、手には何か大きな袋を抱えている。
「? お客さん? なんだか、覚えのある匂いがするけど」
「おう、ヘスティ。おかえ――」
り、と言おうとした瞬間、
「ぅ姉上さま――!!!!」
アンネが物凄い速度で振り向くと、ヘスティめがけて突っ走っていった。
「その声は、やはり姉上さま! お会いしとう御座いましたあああ!!!」
そして、そのまま、ヘスティを抱きしめた。
それはもう、アンネの巨乳に小さな頭がすっぽりと埋まるように。
「姉上さま――!!」
「やっぱり、この子の、匂い、だったか」
ヘスティは、アンネの巨乳に挟まりながら、非常に嫌そうな顔をしていた。
「アンネ、離せ……」
「ああ、もっと、もっとその冷たい視線を下さい――!!」
ロリと巨乳で、すごく盛り上がっている。けれどさ、
「おい、これはどういうことか説明しろディアネイア。お前は、何を連れてきた(・・・・・・・)」
「い、いや、私に聞かれても……」
今はなんだか、分からないけれども。
どうやら、我が家の一員に、新たな問題が発生したようである。





