――side ディアネイア―― 動き出した人々と、動かない場所
夜。ディアネイアは執務机で今日も仕事をしていた。
飛竜の大軍と竜王の襲来で、混乱に陥った街の復旧。
市民たちへの説明。
この前のパーティーで集めた情報の整理。
人狼たちとの交易記録の更新。
やる事は山積みになっている。
だが、それでも、以前よりも徹夜をしなくてよくなった。
それは、彼があの場所にいてくれるおかげだろう。
「ダイチ殿……」
彼は仕事から離れて、唯一、一人の魔女として、相対できる人だ。
また会う日はいつになるのかを頭の隅に置きながら、ディアネイアは机の上の書類を片付けていく。すると、コンコンと扉がノックされた。
「姫様。夜の定期報告です」
「おお、オクトか。入ってくれ」
「失礼します」
そしていつものように、騎士団長のオクトから定期報告を聞く。
街の状況や、観測班による街の周囲の動きなど、様々な情報が入ってくる。
「ふむふむ、どうやら街は落ち着いてきたようだな」
「ええ、ダイチ様のお陰さまで。しかし、それでも、よろしかったのですか? あの土地をダイチ様に渡して」
「うん? 良くない判断だったと、思うのか?」
「いえ。そんなことはありません」
ただ、と騎士団長は手元に握った書類をペラペラめくる。
「あそこは王家の私有地で、様々な商店が買い取ろうと躍起になっていた土地でしたので。地中に特殊な魔石も眠っていますし、他にも活用法はあったのではないかと」
確かに。彼に渡した土地は、城の隣の一等地だ。
人通りは良いし、商店でも開けば客足は途切れない。更に地中には、特殊な魔石が眠っている場所でもある。
だから、活用法は他にもあるのだが――
「いいんだ。あれだけの力を持った土地は、彼にこそふさわしい。商会にやっても持て余すか、暴走させるだけだ。彼にとっては、あそこに眠る力なんて木端みたいなものだからな。特に影響される事もないだろうし」
「まあ……そうですね。ダイチ様なら、あの土地を使うにしても、心配する必要はなさそうですが」
力が眠る土地と聞こえはいいが、実際の所、使いこなせる者が少ない場所だった。
だからこそ、彼のような強い者にしか渡せないのだ。
「ただ、このような処分では、武装都市の荒っぽい商会から不満がでるのでは?」
「その不満は私が一身に受け止めよう。あそこは、私が管理していた場所だからな。口出しなどさせない」
実際に行動を起こしてくる者はいないだろう。いたとしても、こちらで片付ける。彼を面倒事に巻き込むわけにはいかない。
「――そもそも、向こうは向こうで、ゴタゴタしているという話だ。こちらに口を出している余裕もないだろう」
「近隣の都市の中では、もっとも襲撃者に対する問題を抱えていますからね……」
王都プロシアも、竜と、人狼と戦闘兎に悩まされてきたが、武装都市に比べればまだマシな方とも言える。
武装都市はその名の通り、戦力となる者の割合が多いが、それも沢山の襲撃者を抱えているからこそ、である。
「ただ、最近、有能な人間が上に入ったらしくて、まともになったらしいがな。――っと、そういえば、武装都市から呼び寄せた戦力はどうなっている? きちんと返せたか?」
竜王の襲撃用に、百人単位で呼び寄せた戦力がいる筈だ。
「緊急という事もあって、冒険者など、正規兵でないものも混じっていたと報告を受けているのだが」
「はい。ですから……宝探しをすると言ってきかないモノが数名でました。それ以外は、全員、帰還予定です」
あそこの都市には荒くれ者が多い。
ある程度は予想していたが、やはりそうなったか。
「因みに、森には行くな、と厳命しているか?」
「勿論です! ですが、自己責任だと言ってきかない輩が出るかと」
ああ、そうなるのも想像できていた。だから出来るだけ、あの都市から人を呼びたくなかったのだ。背に腹が抱えられないので、今回だけは許容したけれども。
「よくないな。いや、ダイチ殿はああ見えて、手心を加えてくれるタイプだが……」
「はい、私も握手した時、その感触は感じました。あの方は、こちらを壊さないように慎重に動いてくださっている」
「ああ、だから初見で死ぬことは無いだろう。――が、彼にとっての迷惑になれば、また別だろうに」
どうなるか分からないが、彼に迷惑をかける確率は上がるだろう。あとで、謝罪用の品物を用意しなければ。
……うむ。また、あの場所に足を運べる理由を手に入れたと思えば、いいのだけどな……。
「……それと、報告しておきたいことがもう一つ。武装都市から使節団が来るそうです」
「なんだと? 何の使節だ?」
「どうやら、竜王の襲撃を退けたプロシアの話を聞きたいとのことでしたが……本音は分かりません。向こうにも、強大な魔力の波動を感知できるモノはあるでしょうし」
「狙ってきているのか、ダイチ殿を。あの、地脈を」
「可能性はあるでしょう」
「もしもそうなら……無理やりにでも止めるぞ」
武装都市の荒くれ者どもに加えて、何をしでかすか分からない使節、か。
問題は重なり続けている。世間は動き始めているようだ。
「私たちも、少しばかり、気合を入れなければな。これからも力を借りるぞ、オクト」
「はい!」
地脈にいる彼はさっさと夕飯食って、爆睡していたりします。





