32.魔力使いの男と魔法使いの姫と竜
昼間。
我が家の改造をひと段落させた俺は、ウッドゴーレムの造形練習に入っていた。
「とりあえず……ウッドゴーレム×二〇」
手始めに二〇体ほど、庭の樹木をゴーレムにしてみた。
ただし、のっぺらぼうの木偶人形ではなく、少しだけ形にこだわったゴーレムだ。
以前に比べて、より人型に近い体と、顔をしているが、
「うん、まだまだだな。顔の造形はやっぱり難しい」
のっぺらぼうから、落書きした顔程度の精密さは生まれたから、成長していると言えば、成長している。
だが、改良の余地はまだある。なので、ここからが練習だ。
「イメージイメージ……」
記憶の中にある、いかつい顔を、ゴツイ体を頭に浮かべて調整していく。
粘土細工をするように、丁寧に想像していくと、ゴーレムの顔が徐々に変わっていく。
そうして、少しずつ造形をしていく。
……最初は物凄く時間がかかったが、慣れたもんだな、俺も。
暇な時間があれば、こればかりやっているから、初期よりも上手く、素早くなっている。
やはり、こういった作業は慣れるのが一番だな、などと思いながら、ニ十体のゴーレムを力強く造形していると、
「ひ、ひぎゃあああああああああ!! なんだこのいかついゴーレムたちは!?」
どうやら、来訪者がきたみたいだ。
「人が静かにイメージ作業をしている所に、うるさいのが来たもんだな」
今日も騒がしいな、あの姫魔女は。
そんな事を思いながら、俺は声の方向に歩いていく。
●
リンゴ畑の外れ。
ヘスティの小屋の付近に、姫魔女は座りこんでいた。
彼女はこちらを見つけると、腰の抜けた体を無理やり立たせながら挨拶してきた。
「や、やあ、ダイチ殿。久しぶりに会いに来させてもらったよ」
「おう、それはいいが……久しぶりにやりやがったな、ディアネイア」
明らかに地面にシミが出来ている。
「す、すまない。あの怖いゴーレムの集団に、驚いてしまった」
「そんなに怖いか?」
確かに俺の作ったゴーレムは筋骨隆々としていて、いかつい顔をしているとは思うけれど。
「なんというか、これだけの怒り顔が並ぶと、威圧感が凄まじいのだ……」
ああ、そうか。ニ十体もいれば、確かに少し怖い。
ただ、そのせいで、やらかされてはたまらないな。
「仕方ないな。ウッドゴーレム。――戻れ」
これ以上漏らされてはたまらないので、魔法鍵を使った。
一言で、リンゴの木に戻るように仕込んであるので、片付けも楽だし、再利用も出来る。だから非常に便利だったりする。
「ほら、これで怖くないだろ」
だからさっさと立ち上がって用件を教えてくれ。と言おうとしたのだが、
「――そ、それは、魔法鍵の術式!?」
ディアネイアは変な所で驚いていた。というか、
「ディアネイアも知ってるんだな。魔法鍵」
意外とスタンダードな技術なんだな、これ。
「そ、それはもちろん。なにせ高等魔法だぞ!?」
違った。
ディアネイアは興奮して説明してくる。
「ふ、普通の魔法使いは、最低でも一行、あるいは一節の詠唱がいるのだ。でなければ、魔法は発動させられない。私のような大魔術師級でも、魔法鍵なんて、一つや二つ使えればいいところなのに……!!」
そんなに、高等な技能だったのか。
その割にはヘスティも普通に使っていたような気がするけれど。もしかしてあの幼女竜は、凄い魔法使いなのかもしれない。
「い、いつのまにか、魔法の腕でも抜かれているとは……。私も一つしか作れていないというのに……まだまだ未熟すぎる……」
そして、ディアネイアは説明の後で勝手に落ち込んでいる。
勝手に来て、勝手に漏らして、勝手に興奮して、勝手に落ち込むとか忙しい姫だな。
「落胆している所悪いが、ここに来た用件を聞いてもいいか?」
「あ、ああ……土地の権利書をな。届けに来たのだ。あの時は渡せなかったから」
ふらふらと立ちあがったディアネイアは、腰につけていたバッグから、一本の巻紙を取りだしてきた。
「これが、街の土地の権利書だ。どう使ってもらっても構わない」
手渡された巻紙を広げると、なにやらいくつもの文字が書きこんであった。
ただ、俺はこの国の文字はまだ読めないので、あとでヘスティに聞いてみよう。
……まあ、土地を貰った所で使い道なんて思い浮かばない訳だが。
持っているだけで損は無いだろう。税金とかはないって話だし。
「ところで……話を戻すが、ダイチ殿。貴方は、その魔法鍵を、どうやって使えるようになったんだ……? 自分で開発したのか?」
「いや、俺は教えてもらったんだ。通りすがりの幼女に」
そう言うと、ディアネイアは目を丸くした。
「そ、そんな幼女がいるなら私もあってみたいよ。私を鍛えてくれるような存在は、あの王都にはいないからな……」
何を言ってるんだこの姫魔女は。
「もう出会ってるだろ、ディアネイア。この前、俺と一緒にいたし」
「一緒に……って、あの、貴方と同居しているという、あの竜王か?!」
驚愕の声をあげるディアネイア。その音量が大きかったからか、
「ん……誰か、いるの?」
ヘスティが小屋から出てきた。
昼寝をしていたようで、目をこすっているが、丁度いいや。
この権利書の確認もしたかった所だ。
「ちょっとこっち来てくれ」
「ん……どうしたの?」
ヘスティはちょこちょこと、こちらに歩いてくる。可愛らしい動作だが、
「ひいっ……!!」
ディアネイアは物凄い勢いで後ずさりした。そんなに怖いのだろうか。
今は、ただの幼女なのに。
「まあ、いいや。ヘスティ。少し文字を読んでくれないか?」
「文字? どれ……?」
巻紙を渡すと、俺の傍にちょこんと座って、ヘスティは読み始めた。
あとは何が書いてあるか、彼女から聞こうと思っていたのだが、
「へ、ヘスティー……だって?」
後ずさりしていたディアネイアが戻ってきていた。
そして、ヘスティの顔を覗き込んでいた。
さっきまで怖がっていたのに、どういう風の吹き回しだろう。
そう思っていたら、
「まさか……貴女は、黒衣の超級魔法使い、ヘスティー・ラドナ、か?」
ディアネイアは、震える声でそんな事を言い始めたのだった。





