29.やっぱり我が家が一番
俺たちが自宅に到着したのは、完全に日が落ちた頃だった。
月明かりに照らされるリンゴ畑に舞い降りたヘスティは、そのまま人間の姿に戻る。
ヘスティは本当に早かった。ほんの数分で、城からこの家に戻ってこれた。
「ありがとよ、へスティ。助かった」
「ん……」
礼を言いながらヘスティの方を見ると、彼女は力のない声で頷いた。
そのまま、目をゴシゴシと擦っている。
「あれ、どうしたヘスティ?」
「朝の戦闘から、ずっと、起きてたから、魔力の使い過ぎで、疲れた……眠い……」
「おお、マジか」
ヘスティは睡眠欲で回復するタイプのようだ。
眠そうな顔でふらふらしてる。
「回復した分、使ってるけど、体力の方も、ちょっと、限界……」
朝から動きっぱなしだったのもあるのか。
もしかして、体力は見た目通りなのか。
「……アナタの体力が、化物な、だけ……。我以上に消費してるのに、魔力スポットで、回復してるみたいだし、その体、おかしい……」
竜におかしい扱いされるとは思わなかった。
俺だって疲れるときは疲れるし、倦怠感もあるんだけどな。
「……我、もう、寝たい。どこか、空き部屋、借りていい?」
「それは構わないが、メシは食わないで良いのか?」
「ん……」
ああ、もう半分くらい目が閉じている。
これはもう、メシが食える状況じゃないな。
さて、しかし、どこを使わせたものか。
自宅の塔が目の前にあるけれども、
……空き部屋には家具とかなにもないしな……。
また、ヘスティ自身が炎をぶちまけたせいで、内部がどうなっているのかも分からない。
「どこが使いやすいかね」
と、考えていると、ヘスティがリンゴ畑の外れを指差した。
そこには、小さな小屋があった。
離れというには、少々小さめの、木造の平屋だ。
「あそこの小屋を借りたい。……いい?」
「いいけど、結構狭いぞ? 家具とかも全くないし」
中には電灯と、木の床と、木の棚があるだけの小さな小屋だ。
建ってから、一度覗いただけで、使ってもいない場所である。
そんなところでいいのだろうか。
「……大丈夫。雨風をしのげれば、我、満足」
ヘスティは、本当に最低限の機能しか求めてこないようだ。
「あと、杖を作るのにも工房のスペースいるから、使わせてもらえれば有り難い。それも、いい?」
「そうか。そういう事ならオーケーだ」
ただ、一点、気になることと言えば、
「この辺、モンスターとか来るけど、平気か?」
ここは家の庭の外れ。稀にやってくるモンスターに、一番ぶつかりやすい地点だ。
「我、そこらへんのモンスターに、負けたりしない」
「それは心配してないんだ」
ヘスティも、見た目以上に強いから、ゴーレムに吹っ飛ばされるようなモンスター程度には勝てるのだろう。
「ただ、竜になったりしないか?」
「んー……」
竜になったとしても、壊れるのは小屋だけどさ。
俺の家が壊れる心配は無いけど、そんな頻繁に壊されても困るんだけど。
「……とりあえず、我の魔力が重圧になるから、避けて通ると思う。一応、竜王の技に、そういうの、ある」
「へえ、凄いな」
「うん。それでも来たら、自動の魔法で対処する。出来るだけ、室内では、竜の姿にならないようにする」
そうか、そこまで考えてくれたのか。
それなら大丈夫だろう。
思慮深い彼女が家の門番になってくれるのであれば、俺も助かる。
「ん。それじゃ……我、寝るね。お休み」
言って、ヘスティは小屋の中に入った。
やはり、前見た時と変わっておらず、電灯と木の床しかない。
そんな小屋の中心で、へスティは、体を丸めて床に横たわった。
「……くぅ……」
そしてすぐに寝息を立てた。
子犬のような眠り方で、微笑ましいな。竜だけど
だが、このままというのも可哀想なので、上着を脱いで彼女の体にかけてやる。
すると、やはり肌寒かったのか、
「ん……」
眠りながら、俺の上着に包まりはじめた。
器用な寝相だ。あとで毛布でも持ってきてやろう。
「……さて、俺も家に入るか」
●●●
ヘスティの小屋の戸を閉めた俺は、自宅の塔に入る。
一階のゴーレム保管庫を抜け、魔力で動くエレベーターに乗って、最上階のドアを開けると、
「お帰りなさい、主様」
サクラが、笑顔で出迎えてくれた。
「ただいま、サクラ」
「ご飯、出来てますけれど、お風呂にします? それとも……わ、私で、魔力を回復しますか?」
サクラは顔を赤くしながら冗談っぽく言ってくる。
冗談で照れるくらいならもう少し上手く言えばいいのに。
ともあれ、今は、空腹だ。
「うん。じゃあ、先にメシを食べて、それから風呂でゆっくりするよ」
「は、はい。では、準備してきますね」
俺の答えを受けて、サクラは台所へぱたぱたと戻っていく。
その後ろ姿を見ていると、やっぱり思う。
「我が家が一番だなあ」





