249 見送り
俺がディアネイアのテレポートでやってきたのは、だだっ広い荒野だった。
見渡す限りに広がるのは生物の気配がほとんどしないような土地で、草木も少ない。
ただ、そんな土地の中で一つ目立つものがあり、
「あれが竜の国の、霊廟ってやつか」
「はい、そうっす。創始竜様がいる、竜の国唯一の建物っすね」
俺達の視線の先には、さびれた巨大な建造物がぽつんと建っていた。
古代の神殿のような雰囲気を感じる建物だ。
石をくみ上げて作った四角い洞窟状の入り口通路があり、その奥に巨大なかまくらが繋がっているような外見だ。
……洞窟を利用して作った建造物とか、こんな感じだったっけな。
幾らか綻びはあり、入り口も大分崩れてはいるものの、立派な建物である。だがそれでも思うのは、
「ここが本当に『国』……なのか?」
だだっ広い空間に、大きな建物が一つあるだけなのだが。
「羽根休め出来ればいい、っていう竜が多いっすからねえ。だから土地の管理者でしかない、と説明したんす。まあ、地中には宝石が埋まっていたりとヒトから見ると資源は豊富らしいっすよ」
「ん、確かに、幾か所から、魔石の波動も感じるし、金属系鉱石の匂いもしてる」
アンネに抱きしめられながらヘスティはふんふんと鼻を動かしている。
「そうですねえ、姉上様。ここは道具作りをするものにとっては意外とお宝の山かも知れません」「貴方達にはいい場所かもしれないけれど、私みたいな水をたくさん必要とする竜にとっては辛いわよ、ここ。地下水の反応はあるけど、少ないし。川や池の水っ気もないもの」
マナリルの言う通り、食料を得る場所はあんまりなさそうな土地だ。
「ナギニは姉と一緒にここで生きてきたって言ったけど、メシはどうしてたんだ?」
水も食事も無くても生きていける、というような体でもなさそうだし。
「あ、それは姉さんが北にある森まで飛んでいって取って来てくれましたっすね」
言いながら、ナギニは霊廟のずっと奥を指さした。
そこには確かに林らしきものがかすかに見えた。
武装都市近くまで伸びる魔境森だ。
「かなり遠いけど、あそこまで行っていたのか」
「ええ。あと、偶にここに来る竜がくれたり。あたしは魔力が弱かったので、人里まで頑張って歩いていったりもしたっす。創始竜様が魔力で作ったらしいご飯を下さったんですけど、あんまり美味しいものではなかったので。基本、自分達で調達した物を食べてたっす」
「……苦労してたんだなあ」
「あはは、本音を言えば、この建物よりも食料豊かな森林が近くにあって欲しかったっすけど……でもお陰で師匠の修行に耐えうる身体になったので問題ないっす。師匠のウチのご飯が美味しくて常にやる気も出ましたし」
苦笑して霊廟を見ながらナギニは言う。
この大きさの建造物があっても腹が膨れないのだから、気持ちは分からないでもない。
「まあ、試練を終えたらまた美味しいモノでも食べようや。試練はこの中で受けるんだよな?」
「はいっす。ただ、霊廟には王族だけで入って王族だけで挑むのが試練の決まりなので……。そこまでついてきていただくことは、出来ないんすよね……」
ナギニが指差した入口には、なにやら光るもやのようなものが覆いかぶさっており、中をうかがう事は出来ない。
「あのもやは?」
「あれは、観測防護の魔法結界っすね。外からだと内部が分からないようにするものっす。あと、王族以外を入れないようにするモノで、王族以外が触れると結構痛い電撃が走る仕組みっすね」
「だとよ、ディアネイア。迂闊に触れようとしない方が良いって」
「ぬ!? い、いや、私は見た事も無い魔法に興味があっただけで、触れようだなんて思ってないぞ!」
そう言いながらも手を引っ込めているのは何なんだろうか。
「まあ、この霊廟が出来た当時からある魔法で、古いモノっすからね。霊廟の外壁にも張り巡らされていて、かつて乱暴な竜が強力な魔法を一晩ぶつけ続けても壊れなかった逸話もあるんすよ」
「へえ。随分と厳重警備がしかれた霊廟なんだな」
「はい。……そんなわけで、皆さんは、アタシが試験をクリアするまで辺りを散歩でもしていて頂ければ幸いっす。殺風景な所で申し訳ないっすが、なんだかんだ歩いていると風は気持ちいい場所なので。地面に宝石や魔石も転がっているので、採取タイムにして頂いてもオーケーっす。掘り起こして採ったところで、文句を言う人はおりませんし、採り放題ってことで」
ナギニは周囲の地面を掌で示しながら言ってくる。
「ふむ。じゃあ、散歩なり採取なり、お茶でも飲むなりしてるわ」
「ありがとうございますっす。――じゃ、じゃあ、行ってくるっす!」
霊廟に足を運ぼうとするナギニは、わずかに口を震わせていた。
緊張しているのだろう。だから、
「ああ、ナギニ。焦らず、胸を張っていくといい。君はちゃんと強くなってるんだからな」
落ち着かせるために、そんな言葉をかけた。
これまで、なんとなしに思っていた素直な感想も一緒に。
すると、ナギニは一度二度深呼吸をした後、
「うっす! 修行の成果を出してサクッとクリアして、絶対に良い報告を持ってきますから――!」
そんな自信半分強がり半分の声を残して、しかし明るい表情で、彼女は霊廟の奥へと進んでいくのだった。
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