244.予備は大事
ヘスティやナギニが見ている前で、俺は魔力結晶を両手で掴み、捏ね始める事にした。
「えっと、まずはぐっと丸めて行く感じでっと……」
前に杵を作った時の感覚を思い出しながら、形状をゆっくりと変化させていく。すると、目の前でナギニが冷や汗を拭いながらポツリと呟いた。
「……あの、アタシの気のせいっすかね。空間がゆがんでいた気がするっす」
「ん? まあ、石がぐにゃぐにゃしているから変な風に見えるだけだろう」
「そ、そうっすかね……。いや、でも、明らかに光が魔力で捻じ曲げられていたような……」
何だか空間がゆがむとかよく分からない事を言われている。ただ、分からない事を考えるのは後にして、今、集中すべきは杵作りだ。
……今回はサクラの補助がないからな。
初めて自分一人のコントロールで作成するのだ。慎重に、気合を入れてやらねば、と両手に力を込めて行くのだが
……ううむ。これは中々大変だ。
全身の力を使って、物凄く粘りの強い小麦粉をこねるような感じだ。
集中力もいるし、これだけで汗がにじみ出てくるほどだ。
……でも、硬すぎて無理ってほど、じゃない。
感触は石だけれども、きっちりと形は変わってきている。
これならば、時間さえかければ行ける。
そう思いながら、捏ねて練り上げて、形を作っていく。
そして、高い位置にあった太陽が少し傾き始めた頃合いで、
「よし、完成……!」
俺は、魔力結晶の杵を作り上げる事に成功した。
目の前には、透き通った灰色の輝きを放つ、極太の円錐が僅かに熱を持って転がっている。
「ふう……どうにか出来るもんだな」
俺は額の汗を拭いながら一息ついて、成果物を見た。
時間はかかるし、疲れはするけれど、とりあえず一人でも硬い魔石の加工は可能なようだ。
多少は慣れもあるのだろうけど、上手く行って良かった。
「もうちょっと短時間で出来れば、良かったんだけどな。ともあれまあ、俺の道具作りはこんな感じだよ、ナギニ」
あとは道具に詳しいヘスティや、過程を見ていたナギニから評価や感想でも貰えればいい、と思って見学していた二人の方を向いた。すると、
「……へ、ヘスティさん。あ、あの、あれ、地上にあっていいものなんすかね」
「ん……そこは問題ないとは思う。セーフティもちゃんと掛かっているように見える。それに完成度も完璧だから安定していて、暴走の危険もゼロだし。あと、前にも一本作ってるし」
「も、もう一本あるんすか……」
二人は完成した杵を見て、そんな話をしていた。
しかもナギニはやけに焦っているようだけれども。
「あれ。二人ともどうしたんだ?」
「いやどうしたっていうか……その師匠が完成させたモノなんすが、本来は封印されて然るべき兵器、もしくは神器レベルだと思って……。それがほんの一時間位で出来てて、ちょっと変な汗が出ているというか」
「神器……?」
なんだそれ、と首を傾げると、いつものようにヘスティ先生が答えてくれた。
「ん、はるか昔にいた、古代神っていう一族が作った武器や兵器のこと。この世に九つ残ってるけど、とても、強力」
「うっす。大体が一国を軽く滅ぼせちゃったりするものなんすけど……このくらい魔力が練りこまれてるんす」
「へえ、そうなのか。でも、これ街や国を滅ぼす目的で造ってないから、大丈夫だ。俺のゴーレムに装着しないと、そもそも動かないしな」
そんな危険な目的で使う気は全くない。ウッドゴーレムに取り付けたまま縮小収納して、管理もバッチリしておくつもりだし。
「そ、そうっすか。まあ、師匠が言うなら、大丈夫なのかも……うう、ダメっす。納得しきれない……」
ナギニは一度頷こうとしてから項垂れた。
「あれ……なんか説明不味かったか……?」
「いや、ダイチはそれで良い。我には伝わってるし。あとナギニも、納得しようとすると大変だから、程々にしておいた方がいい。必要とされる魔力量とか、セーフティ的に、この人以外、これ、使えないし。事実だけ理解しておいた方が、楽だよ?」
「はいっす……何となく、それは分かってきたっす……」
そんな感じで、ヘスティとナギニに奇妙な視線を向けられつつも、俺は杵の予備を完成させた
サクラの補助なしという中々難しい挑戦だったけれど、
……うん。上手いこと杵が出来たし、気持ちいい汗もかけたし、良かった良かった。
出来た杵を見ながら俺は、そこはかとない達成感に包まれるのだった。





