242.難易度はちょっとハードに
大変、お待たせしました。
更新、再開します……!
ナギニのイノシシ狩り訓練開始から一日が経った昼間。
「――グ、ゥ」
「師匠! 見てくださいっす! アタシ、もう、弾かれないっすよ!!」
「みたいだな」
ナギニはイノシシを受け止める事に成功していた。
きっちり無傷でだ。
「アッシュの奴が今朝がた『もうあのお嬢さんの鍛錬は完成しましたでさあ。かなり頑丈になってますぜ」とか連絡してきたけれど、本当にもう、大丈夫なんだな」
「はいっす。アタシもシャイニングヘッドのアッシュさんから、きっちり鍛錬完了のお知らせを受けたっすから! かなり強くなったっす!」
「そうだなあ。ウチに入ってきても全然辛くなさそうだしな」
先日までは顔を真っ青にしていたというのに、今では全く問題なさそうだ。
「そういえば……そうっす! 普通に来れる様になったっす! ああ、感動っす……。イノシシの突進を受け止める苦痛に比べたらこれくらい何てことないっす……ホントあいつら怖かった……怖すぎっす……」
ナギニは感動に打ち震えている。
よっぽど嬉しかったようだ。
俺の隣にいるヘスティは『ちょっと、難易度上げ過ぎたけど……、乗り越えられたから結果オーライ』などと頷いていたが。まあ、彼女の言う通り乗り越えられたのなら良いのだろう。
そして彼女は目元に涙を溜めつつ、しかし笑みの表情で俺の方を見て、
「ともあれ、課題完了っす師匠! 頑丈になったので、これから色々とアタシの身体に教え込んでくださいっす!」
つまり次の育成を考えるタイミングというわけか。
「しかし、教えるって何をすればいいんだろうな」
あれから、いくらかヘスティやアッシュと話し合ってはいた。
……けど、次は何をさせるべきか決めかねていたんだよなあ。
なんて思っていたら、
「ん。あれから我も色々考えたけど、ダイチの、普段通りの生活を見せれば、それでいいと思う」
ヘスティがそんな事を言ってきた。
「普段通りって、基本的にゴロゴロしているだけなんだが……」
「いや、アナタ的にはゴロゴロしていても、我から見ると物凄い魔力でモノを作ったり、改造したりしているからね。その動作を見せれば、次第に上手な魔力の使い方を覚えていく、筈」
「……そんなものなのか?」
「そんなもの」
割とアバウトだけれども、ヘスティの口調には自信が感じられた。更には、
「あと、もう一つ、アナタにやってほしいことがあって――」
俺の傍に来ると、彼女はこしょこしょと小声で喋ってきた。
「ふむ? じゃあ、一丁作ってみるか。……ゴーレム」
だから、その通りに俺は魔力を行使して、ゴーレムを作ってみた。
先ほどまでイノシシのセービングに使っていたのと同じくらいのガタイをしたゴーレムだ。
「え? ……あ、あの、イノシシを追い払っていたゴーレムを一瞬で、作るんすか、師匠は……」
「そういえば、作っている所は見せた事が無かったな」
ヘスティによればこういったモノづくりを見せるだけで訓練替わりになるとのことだから、今後も見せていった方がいいのだろう。
……といっても作るのに必要なのは、イメージと掛け声一つだけ、なんだけどな。
だから、特に見ごたえも無いんじゃないかと思っていたのだが、
「は、はい。……こんな凄い魔法を師匠が普通に使っている所を見れるなんて……感動っす! 参考にするっす!」
ナギニは目を輝かせていた。声色も明るいし、何やら興奮していた。
「そう……か? まあ、参考になるんだったら、してもらう分には構わないけどな。ただ、今やるべきことはそっちじゃないらしいぞ」
「はい?」
「ん。ダイチのいう通り。感動している場合じゃないよ、ナギニ」
首をかしげるナギニに声を続けたのは、ヘスティだ。
「えっと? どういうことっす?」
「いや、次、戦うのは、ダイチが造った、このゴーレムだから」
「……へ?」
ヘスティの言葉に、ナギニは動きを止めた。
というか瞬時に何かを想像したらしく、一瞬で半泣きになった。
「……あの、いきなりハードルが上がり過ぎじゃない、すかね……。折角、あの恐怖から逃れたのに、恐怖が十倍くらいになってきたんすけど……」
「そう? でも、ナギニ。貴方は度胸はあるから大丈夫。それに、アナタは細かい所がまだまだ。魔法の速度も遅い。この人まで即座に魔法を使えるようになれなくてもいいけど、精度と速度は大事。だから次は、このゴーレムを相手にするのが最適。動きも、ちょうどいいしね」
ヘスティの視線の先では腕をグルグルと回すゴーレムがいた。風切り音がぶんぶん響く程度の速度だが、
「え……い、いやいやいや! 死んじゃうっすよ!? こんな異常にデカくて速い奴はきついっす!」
「え? そこまで速いか?」
首を傾げる俺の目線の先では、ゴーレムが自立駆動している自分の感覚を確かめる様に跳んだり走ったりしている。
けれど、俺が造ったゴーレムの中ではそこそこの性能であると思う。何せ、
「ヘスティに言われて、農作業用を組手用に改造した感じで、ちょっと柔らかく作ったんだぞ」
「こ、これ、で、柔らかく、っすか?」
「ああ、樹木の方もきっちり表皮を削ってな。かなり優しい肌触りをしているんだ」
手足に至っては樹木に空気を含ませてふわふわな状態になっている。ヘスティに柔らかく作れるだけ作れるかと相談されてやってみたけれど、これはこれで良いかも知れない。枕作りとかにも応用が出来そうだし。
そう思っているとヘスティも自立駆動ゴーレムに触れて、うんうん、と頷いていて、
「そうだね。ダイチのゴーレムの性能はシャレになっていないけど、これは比較的、優しく出来ているから……まあ、死なない。ちゃんと難易度、考えた」
「う、うう……そういう事なら、が、頑張るっす……! とにかく、死なないように……!」
「判断基準が死ぬ死なないってのはどうなんだ。というか、そこまで悲壮感漂わせなくても、かなり優しいゴーレムだから大丈夫だ」
俺の言葉に合わせるようにして、ゴーレムが頷いたり、両手を挙げて頭の上で丸を作っている。優しくする、という態度の表れだろう。
「ほらな? 力加減もするように命じてあるし、気楽にやってくれよ」
「は、はいっす! 気楽に……全力で命を保ちながらやるっす!」
俺の言っている事を分かっているんだか分かっていないんだか微妙な返事が来たけれども。
ともあれそんな訳で、ヘスティの助言も受けつつ、俺はナギニの鍛錬を開始していくのだった。





