241.生身での防護と溢れるやる気
イノシシに吹っ飛ばされたナギニは数十分で回復した。
そして再び挑み始めたのだが、
「《完全防護》――うひゃあ」
「おお、また吹っ飛んだ」
受け止めようとして、しかし、相変わらず弾かれていた。
「樹木よ、キャッチよろしく」
そのたびに俺が樹木で受け止めている。。
地面に転がるよりダメージは無いが、それでも、ナギニはあちこちすり傷だらけだった。
「ま、また失敗したっす……」
「ヒャッハー。失敗するのは怖がり過ぎだからだぜ、ナギニの嬢ちゃん。もっと自信を持って受け止めればいい。それだけの魔力を持っているんだから」
「うう、本当にいけるんすかねえ」
アッシュの言葉に不安そうな表情をナギニは浮かべた。そんな彼女に対し、様子を見ていたヘスティが言葉を添える。
「アナタの魔力の総量的には行ける。現に今も、弾かれても、大けがをしていないし。あとは力をどれだけ、意識的に、使えるか。もっと胸を張ると良い」
「そうそう。ヘスティの姉さんの言う通りでさあ。《完全防護》を突き詰めれば、あれを完全に無傷で受け止められるはずだぜ」
アッシュの視線の先には、先ほどから血気盛んなイノシシたちの姿がある。
ゴーレムによるあしらいを最低限にしたから、物凄く元気いっぱいだ。このイノシシたちは中々に凶暴で、思いっきりぶちのめさない限り戦意が落ちない。
本来は面倒な特性であるが、この鍛錬に限って言えば役に立っていた。そしてナギニとっては、かなりの難敵のようだった。
「本気で言っているんすか……あいつら、何度突っ込んできても威力が衰えないし、その上、普通の樹木ならへし折る威力があるのに……防御魔法だけで無傷って……」
ナギニの言葉通り、彼女の周辺には何本もの折れた木々が転がっていた。俺の庭の木ではなく、魔境森の樹木であればぶち抜く威力をあのイノシシたちは持っている。
しかし、それを踏まえても、アッシュはナギニの言葉に頷いた。
「ヒャッハー。勿論だ。……いやまあ、俺っち達だと流石にきついが、嬢ちゃんと同じ竜王であるそっちのヘスティの姉さんも行けるし、その横の旦那ならもっと完璧に出来ると思うぜ」
そして、いきなり俺とヘスティに話と視線を振られた。
「うん? ヘスティはともかく、俺も? そういう防御魔法は使ったことも無いのに、出来るのか?」
今までゴーレムを使ったあしらいや、樹木を用いた追い払いはしてきたが、防御魔法、などというものは使用経験がない。だから首を傾げてしまったのだが、そんな俺にヘスティが声を掛けてきた。
「ん、アナタなら間違いなく、問題なく出来る、よ。あの程度の質量なら、《完全防護》――自分の身体に張り巡らせた魔力の防壁で、全く傷つけられずに、自分を守れる」
「ひゃっはー。そっちの竜王さんの言う通りっす。というか旦那が平時にやっているその《コーティング》も一種の防御魔法ですが、それが旦那の魔力で掛かってる状態なだけで、イノシシのキバなんて通らないですぜ?」
「へえ、これだけでそんな防御力があるのか。凄いなコーティング」
「ひゃっはー……いや、コーティングは元々、そういう使い方をするためのもんなんで……」
今まで魔力を外に発露しないとか、泳ぎのためとか、日常的な利用に留まっていたけれど、これは防御だったのか。
「なるほど。面白いな」
そういうと今度はヘスティが首を傾げた。
「あれ? ダイチ、もしかして、防御魔法に興味ある?」
「まあ、少しだけな」
今まで使ったことが無い魔法だけに、少しだけ使ってみたくもある。
「やってみる? サポートもするけど」
「……そうだな。良い機会だし、ちょっとやるか」
ヘスティと、シャイニングヘッドの連中がお墨付きをくれたし、一丁試してみよう。
「とりあえず、アッシュたちが使ってた奴の物まねだけどな。《完全防護》だっけ? それを使ってみるよ」
先ほどからナギニをぶっ飛ばし続けている大物イノシシの前に立つ。すると横から歓声が聞こえた。
「ひゃっはー、旦那の魔力で、《完全防護》を使うんですかい! そりゃ楽しみだ」
「う、うっす! さ、参考にさせて貰うっす!」
アッシュとナギニはキラキラした視線で、俺を見つめていた。
「二人とも既知の魔法なんだから、そんな楽しみな物を見る目を向ける必要はないと思うんだがな」
苦笑しながら俺は準備を整える。
……一応保険として、樹木のアーマーは、忘れずに、と。
こんなことで怪我をしても仕方がないし、身体は極薄の薄い樹木の鎧で纏う。
その上で、手足は生身のままで防御魔法を使ってみる。
「それじゃあ、《完全防護》っと」
先程のアッシュと同じように、両手を前に突き出して、待ち構える。
そして、前方にいた大物イノシシは、俺に狙いを定めたようだ。
鼻息荒く、高速で突っ込んでくる。
……あとは、コイツの頭を掴むように……。
先程アッシュが見せてくれたように、イノシシの頭を受け止めようと力を込めた。その瞬間、
――ドシン!!
という音と共に、激突した。
刹那、俺の両手に当たったイノシシの頭がひしゃげた。
まるで大木にでもぶち当たったかのように。
そしてイノシシは、そのまま倒れ伏した。
「……」
その光景に、周囲が一気に黙った。
この結果は成功なんだろうか。
少なくとも失敗ではないと思うのだが、なんだかさっきまで見ていた物と違うような気がするというか、
「受け止めるっつーか、止めたら勝手に倒れたんだが」
感想を述べたら、まずヘスティが目を伏せながら俺に声を掛けてきた。
「いや……勝手にというか、その腕にとんでもない魔力が込められているから、魔力が壁になったんだと思う、かな」
「ああ、なんだか魔力が旦那の両手付近に渦巻いているのが見えるというか、ここまで圧倒されると、もはや何も言えねえな」
「し、師匠のこれは、もう防御って言ったらいけない気がするっす……」
「……見せて貰った手本通りに防御しただけだろうに、なんだこの扱いは」
ともあれまあ、防御方法を一つ学べたのは良いと思うけどさ。
「……うん、師匠のは凄かったすけど、あたしはこの何分の一かを目指してやればいいって考えると、気が楽になったっす……! 頑張るっすよ……!」
そして、ナギニのやる気も出たから結果オーライとしよう。
こんな感じで、ナギニのイノシシ狩り修行はここから丸一日続いていくのだった。





