234.トレーニング環境を自動作成
「ど、どうかお願いするっす!」
ナギニは俺に土下座千ばかりの勢いで頭を下げて来た。
ただ、その勢いが強すぎたのか、
「うぐえ……」
青ざめた顔でえずいてしまった。
「とりあえず落ち着け、ナギニ。さっきまでフラフラだったのに、いきなり興奮して動いたらそうなるに決まってるだろ。とりあえず、そこのベンチで横になってろ」
「う、うう、も、申し訳ないっす……」
そうして俺は庭のベンチにナギニを横たわらせたあと、近くに寄って来たヘスティに視線を向けた。
「なあ、ヘスティ。修行ったって俺は、誰かに修行を付けられるような人間じゃないんだけど。ヘスティが代わりに鍛えたり出来ないのか? この中で一番面倒見が良さそうなのヘスティだと思うんだけど」
聞くとヘスティは少し考えた後でぽつりと言葉を返してきた。
「ん……我は、一応竜王の中では教えるのは得意だけど、強くするっていうのは苦手」
「うん? どういうことだ?」
「魔法具の作り方は教えられる。でも、それは強さとは関係ない技術だから。アンネを育てていた時もそれくらいしか教えていなかったし。少なくとも、修行にはならない。ナギニの目的には不適合」
「そうか……。だとすると、こういうときはカレンが適任ってことになるのかな」
お姫様に修行をつけていたくらいだし。ナギニの面倒も一緒に見てもらえばいいんじゃないか、と思ったのだが、
「ダイチ殿。それは無理かもしれない。カレン殿は今、妹共に第一王都に一時戻っているんだ」
ディアネイアがそんな情報を付けくわえて来た。
「え、マジか。この街にはもう来ないのか?」
「いや、ダイチ殿に会いに来たいと延々言っているそうだから、しばらくすればまた来るとは思う。ただ、いつになるかまだ分からないな」
「カレンも無理か。……アンネ、マナリルは自分の仕事があるしなあ」
「ちなみにラミュロスも教えるのに、適してないから。候補外だよ」
ヘスティの捕捉により、竜王達の師匠化は難しいらしいな、なんて思っていると、
「ほええ、流石は【竜王の支配者】様っすね。……竜王の皆さんの名を全て知った上で、フランクに呼ぶ事が出来るなんて」
ベンチの上で寝そべるナギニが感嘆の声を上げた。
「まあ、友人だからな。というか、そろそろその【支配者】云々の呼び方を止めてくれると助かる。一応ダイチって名前があるからな」
「あ、うっす。了解っす、ダイチ様」
「様もいらんが、まあ、それでいいや。ともあれ、どうするかね?」
修行出来る人間や竜がいないのだが、それだとこの子の目的が果たせなくなる。
竜の国という割と遠いところから来たらしいので、追い返すのもかわいそうだから、何か見つけてやりたくはあるんだけれども。
なんて思っていたら、
「ん、そうだ。この家の付近、そしてプロシアで暮らせば修行になると思う」
ヘスティがそんな事を言い始めた。
「プロシアで暮らすことが修行? それはどういう事だ、ヘスティ」
「ん、見ればわかるけど、この子……ナギニはここにいるだけで思いっきり消耗しているから。この家の魔力にすら耐えきれていないのが、現状だったりする」
ヘスティの視線を追ってナギニを見れば、
「はあ……はあ……」
ベンチの上で辛そうに呼吸していた。
先ほどよりは顔色が良くなったが、未だにこの地の魔力になれないらしい。
「だから、ここで修行するのは危険だけれど……この周辺の魔力に満ちた土地で暮らせば、体が魔力に対して強くなる」
「なるほど。流石はヘスティ先生、物知りだな。……でも、プロシアってそんなに力が強い土地だったのか?」
「んー、昔のプロシアはそれなりの都市でしかなかったけれど、――今のプロシアは、あなたのお陰で強力になっているからね」
「え?」
なんだか新情報が出たぞ。俺のお蔭で強力になっているとはどういうことだ。
そう思ってヘスティを見ると、彼女は隣のディアネイアに顔を向けた。
「ディアネイア。アナタなら分かってる筈だから、説明してくれると、嬉しい」
「あ、ああ、そうだな。ヘスティ殿の言うとおりだ。最近になって調査した事だから、報告し忘れていたが――ダイチ殿が来てからというものの、プロシアの騎士の魔法力や戦闘力が上昇しているのだ」
「うん? それは、プロシアのが騎士の鍛錬に励んでいた、とかじゃなくてか?」
「いや、確かに鍛錬の強度は上がったが……それ以上に貴方の力によるものなのだ、ダイチ殿。なにせ、騎士団や魔女隊だけではなく、鍛錬をほとんどしていない一般市民の力も上がっているのだから」
「それが、土地が強くなった証明になるのか?」
問いかけてみると、ディアネイアとヘスティは同時に頷いた。
「ダイチ殿は街とこの森の間で、様々な事をやっていただろう? 地形を変えたり、土地の魔力濃度をとんでもない速度で引き揚げたり、と」
「前者は不可抗力だし、後者は意図してやった覚えは無いんだが」
「ま、まあ、そう言うわけで、ダイチ殿がやってきたことによって、プロシア周りの魔力濃度が格段に上昇したのだ。それが長い時間をかけてゆっくりと定着し、自然と順応してきたのだ」
なるほど。少し話が繋がってきた。
「つまり俺と家のの魔力が徐々に浸透してきているってわけか」
「ん、そう。そんな環境で所で日常を暮らせば、体が順応するから。街で暮らしているだけで、それなりに強くなって当然。高い山に登って、そこで暮らすと、最初は苦しくても楽になっているのと一緒」
「つまりダイチ殿が長くいた場所や、過ごした場所はとても良い修行環境になるということだ」
「俺は高地トレーニングの場所作成機じゃないんだけどな」
自分の家の周りとプロシア周辺が、良い環境になっているという事実をしれたのは良い事だなあ、と頷いていると、
「では、ここに住み込みすればあたしも強く……つよ……うぐえ……」
ベンチに座っていたナギニがいきなり身を起こしたと思ったら、再びえづいた。
この子はやる気はあるのだが、自分の体の限界点を理解できていないようだ。
「んー、我が思うに、ナギニの現状だと、いきなりこの場所にい続けるのは無理かな。先に体と心が壊れる」
「ひいっ」
ヘスティの解説にナギニが頭を抱えた。
恐ろしい事を真顔で言うなあ。
まあ、俺としては自宅で誰かに壊れられては困るので、多少厳しめに言ってもらったほうがいいんだけどな。
吐かれてばかりいられるのも困るし。
「ナギニ。まずはこの魔境森か、街に住むのがいいと思うけど、どうする?」
だからそう聞いてみると、ナギニはこっくりと静かに頷いた。
「え、えっと……では、街の近くに住まわせていただければ、と思うッス」
「だとよ、ディアネイア。家の面倒は任せてもいいか?」
「ああ、任された! しっかり良い住みかを提供させて貰おう。竜王に恩を売っておいて、損は無いからな」
「かたじけないっす……! お世話になるっす……! あ、ただ、――手持ちがそんなにないので、程々のお家賃の所にして頂けると助かるっす」
そんな家賃交渉をしている様を見ると、ナギニは竜の割には、随分と人間臭い子らしい。
背丈はヘスティとそんなに変わらないのに面白いものだ、と白い竜王を見ていると、
「ん、なに?」
彼女は俺を見上げて来た。
「いや、ヘスティやラミュロスを見ていても思ったけど、なんというか竜王は性格がバラバラで面白いなって」
「まあ、個体差、あるからね。面白いと言われるのは、ちょっと、複雑だけれど」
と言いながらも、ヘスティは苦笑した。
そんなわけで、こうして俺の周りには、また新しい竜王の住民が増えることになった。
新作の毎日更新に引っ張られるように書いて、週1か、せめて2周に1話ペースを保てるように頑張ります。





