24.竜の王のケジメ
白い飛竜が落ちた周辺は酷いことになっていた。
森の樹木や地面が、その巨体で丸々潰れていた。
「あーあー、家の周辺がまたボロボロになってるよ」
そうでなくとも、この迷惑飛竜のせいで灰になっている個所が多い。
見晴らしは良くなったが、景観が悪いので、後で直しておこう。
「なにか果樹でも植えますか、主様」
「そうだな。木を植えれば対空装備にもなるし、丁度いいか。空のあいつらがまた襲ってこないとも限らないし」
と、頭上を見れば、他の飛竜どもは逃げはじめていた。
『りゅ、竜王様がやられた!? あんな小さな人間相手に?!』
『逃げろー!逃げろー!』
『う、うえーい!!!』
「……なんか物凄く口調が軽いな、あいつら」
焦っているのは分かるのだが、めちゃくちゃ軽い。
まあ、必要以上に戦う必要が無くなるのなら、いいんだけどさ。
「で、問題はこのデカブツだが……」
「気をつけてくださいね、主様。まだ息があります」
ああ、分かっている。
この竜は、死んでない。
心臓の鼓動が地面を通して聞こえてくるのだから。
だから慎重に、飛竜の頭の方へ近寄っていくと、ギョロっと、大きな目が、俺を捉えてきた。
『……殺せ』
口だけを小さく動かし、唸るように言ってくる。
首や体をピクリともさせないことから、かなり消耗しているのが見て取れた。
『我はもう動けん。ブレスも全部吐き出した。体力も魔力もない。殺すといい』
白い飛竜は大の字になって、無防備をアピールをしてくる。
暴れないのはいいんだけどさ、
「誰が殺すか、迷惑飛竜め」
『なに……?』
最初からそんな事をするつもりはない。
「お前みたいなデカイの殺したら、家も土地も汚れるじゃねえか」
『ぬっ……!?』
こんな大きな竜を森に落としただけでもボロボロなのに、更に汚したくはない。
だから、動けるようになったらさっさと追い払おうと思ったのだが、
『そうか。……では、小さくなろう』
「あん?」
白い飛竜はそんな事を言って、体を震わせた。
すると、白い鱗の周辺から霧のようなものが生まれて、
「これなら、どう?」
霧が晴れると同時、ぺたん、と地べたに尻をつけた状態で、白い少女が現れた。
その身には、鱗と同じ色の肌着だけがくっついている。
どうやら、この世界では、竜は人になれるらしい。それだけでも驚きだが、
「お前……ヘスティか」
見知った顔が現れた事に、ビックリした。
それが今まで、俺を手助けしてくれた幼女だったのだから、尚更。
「そう、我はヘスティ・ラードナ。白焔の飛竜王。――いや、元、飛竜王」
「攻撃中もリンゴ畑とか、家とか、俺をチラチラと見てきて、なんなんだと思ったら……」
飛竜ってのは、攻撃の最中によくしゃべるのか、とか思っていたのだが、そうか。
知り合いだったのか。
「さあ、小さくなった。これなら汚れない」
そして、ヘスティはその幼女状態で、仰向けに寝転がった。
「いや、なにしてんだ、お前」
「だから。ケジメ。この状態なら、楽に殺せる筈」
「おい、待て。なんで殺害前提になってるんだよ」
俺は知り合いとか殺すつもりは無いぞ。
それに、竜王だったとか、まあ、そういった部分は置いておくとして、だ。
「なんで攻撃しかけてきたんだよ、ヘスティ」
俺はそれを聞いていない。
戦いの前の声を聞けば、魔力を狙ってきたわけではないと分かる。というか、魔力狙いならば、チャンスはいくらでもあった。
俺がヘスティと会話して、気を抜いている時にでも襲う事は出来ただろうに。
わざわざ仕切り直して戦ってきたし。
「なんで、今日の朝、わざわざ攻撃してきたんだ?」
もう一度聞くと、ヘスティは困ったような表情を浮かべた。
言っていいのか、迷っているような表情だ。
……これは、何かの事情もちって奴か。
それなら、尚更、聞かなきゃならないじゃないか。
「とりあえずさ、言ってみろ、ヘスティ。俺は、自分の家に迷惑をかけなくなった奴を、手ひどく扱ったりはしない」
言いつつ、ウッドアーマーを解いて、俺はヘスティの隣に座った。
お互いに戦闘意欲はもうない。だからアーマーは必要ない。
あとは、話すだけだ。
そうして、ヘスティが口を開くの待っていると、彼女はポツリポツリと、喋り始めた。
「――我は、飛竜たちの為に、負けたかった。アナタが飛竜よりも強いと、そう示す為に。アナタは、我が知る中で、一番強いから……」
●●●
俺は、数分かけて彼女の口から事情を聞いた。
竜の習性や、気性について。
そして、飛竜の王である彼女に勝ったことで、無謀な挑戦をする竜は、いなくなるだろうということを。
「はあ、なるほど。お前は竜の為に戦ったと。そうして、お前の目標は達せた、ってことだな?」
「うん、あれだけ派手に倒されれば、誰も来ないはず。――それでも、もしもがあるから、我の首を持って飛竜達に見せつければ、確実に、言う事は聞く」
竜族の強いものに従う、という理念は、よく分かった。
「だから、首を取ると、いい」
彼女も分かっているから、目を瞑って首を伸ばしている。
だから、俺は、その白くてきれいな頭に、
――ゴツンッ!
一発ゲンコツをくれてやった。
「っ!?」
へスティは驚いたように目を見開いた。
軽く涙目になってる。
「これは俺と、サクラに迷惑かけたバツだ」
「痛い……」
へスティは頭を押さえて震えている。
そりゃあ、相当な力を込めたんだ。
痛いと思ってもらわないと困る。ただ、
「よし。じゃあ、これで、ケジメ終了な。あとは許す!」
「え……」
「お前にも事情があったんなら、そりゃあ、仕方のないことだ。だから、迷惑をかけた分だけ怒って、終わりだよ」
俺の家も傷ついたが、へスティも十分傷ついた。
だから、これで終わりだと言いきった。
だが、ヘスティは俺の判断に目を白黒させている。
そんなに驚くことなのだろうか?
「そ、そんなの、竜の常識じゃない……」
俺は人間だからな。
竜の常識なんてしったことじゃない。
というか、そもそもを言えば、だ。
「ヘスティ。困ってるならそう言ってくれ。せっかく話すチャンスが一杯あったんだから、相談しろよ」
最初から相談があれば、こんな戦いなんてしなくてよかったかもしれないんだ。
「相談……? でも、我、やり方分からない」
「それを含めて聞けって言ってるんだ。困った時に近所の奴に頼るのは、悪いことじゃない」
そういうのはお互い様だ。
こっちが困った時は助けてもらうし、向こうが困ってるなら、俺も助ける。
それが近所づきあいというものだ。
……俺はあんまり、そういうのは好きじゃないんだが……。
それでも、今回は胸を張って言える。
「困ったなら頼ってくれ、ヘスティ。少なくとも話くらいは、聞いてやれるから」
「……ん」
ヘスティはこくりと、小さく頷いた。
これにて、近所迷惑な飛竜との決戦は幕を閉じた。
「――あ、でも、家の周りが汚れたのは確かだから、片付けは手伝えよ」
「う、ん、すまなかった。手伝う」
そして俺たちは、仲直り代わりの事後処理を開始した。





