227終わり際の大騒ぎ
夕方
俺がコテージに戻ると、
「ひ、姫様! 一旦、お逃げくだされ!」
「いや、この状況で逃げるわけにはいかんぞ騎士団長!! ここで食い止めねば町に行くのだから!」
なにやら大騒ぎになっていた。
ディアネイアと騎士団長が、砂浜で巨大なイカの触手と戦っていた。
「く、この――ブレイドファイア!」
ディアネイアは手のひらに巨大な炎の剣を生み出し、イカの触手を斬ろうとするが、
「弾かれただと!?」
炎の剣は、イカの触手に触れた瞬間、霧散した。
「こ、これは炎に対する魔力防護!? なんで野生生物が持っているんだ!」
「ひ、姫様! こちらの剣も刺さりません! 物理防護も高いですぞ! ぬごっ!?」
普通の剣を振るっていた騎士団長もその攻撃を弾かれ、イカ足の一撃で膝をついていた。
「こ、この湖の生物は生態はおかしいぞ!! って、ひゃあ、水着のひもをほどくんじゃない!」
そんな感じでイカの足と戯れているんだが、あいつらは一体何をしているんだろう。
「なんで湖の生物に襲われているんだ。明らかに敵対しているだろ、あれ」
「そうですねえ。イカの目が真っ赤というか、理性的じゃありませんね」
「だよなあ」
なんてサクラと会話をしていると、
「ダイチさーん!」
コテージの方からマナリルがとててっと走ってきた。
その顔には焦りが浮かんでいる。
「だ、大丈夫だった!?」
「大丈夫って、何が?」
「こ、この湖の湖底にいる貝のせいで巨大生物が凶暴化して、周囲の人間を手当たり次第に襲っているのよ!」
「はあー、それであんなことになっているわけか」
目の前では、巨大イカによる大暴れが未だに続いていた。
「ひゃあああ、ま、また私の水着を! こ、こら! 捕らえるか剥ぐかどっちかにしろ!
姫も騎士団長も装備を剥がされている。そろそろ全裸にされそうだ。
「ひどい状況だな、こりゃ」
「ええ、でも、ここはまだ被害や襲撃数が少ないほうよ。町に近い砂浜とかにはもっとたくさんの生物が押し寄せているもの」
「……確かに、マナリルさんの言うとおり、この湖の周囲にたくさんの生物反応がありますよ主様」
サクラは周辺をきょろきょろと見回しながら言ってきた。
どうやら問題は湖全体に広がっているらしいな。
「サクラさんは、感知範囲も広いわね……。ともあれ、そんなわけでヘスティとアンネ、ラミュロスたちは、湖の反対側に向かったわ! 町に近い騎士団の合宿所の方にはもっと沢山いて、騎士団の人たちが頑張ってるみたい」
「なるほどなあ。まあ、湖全体が大変そうなのは分かったけど……とりあえずあのデカブツは、黙らせていいのか?」
俺はいまだディアネイアと騎士団長を攻撃し続けるイカに目をやった。
「え? ええ、まあ。もう理性なんてなくて、手当たり次第に襲ってるだけだから狩らないといけないんだけど。……魔力の防護が付与されていて凄く強化されてる状態よ? 炎とかも効かないし」
確かに見た感じ、かなりの防御力があるみたいだ。
けれど、そんなのは正直どうでもいい。
「最後までゆったりさせてほしいんでな。こういう問題ごとはさっさと片付けさせてもらうわ。――サクラ、不動で行くぞ」
「はい、主様」
俺は不動を纏う。
そして両手に仕込んだ樹木の弾丸を砂浜に落とす。
「ええと、細長く形成して、砂を硬質化して、木製の槍にまとわせてっと……」
俺のイメージにより、弾丸は形を変えていく。
そして完成するのは、巨大な銛だ。できた物から、腕の発射機構に戻していく。
「再装填完了。いつでもうてますよ、主様」
「よし、それじゃ狙いをつけて、と」
俺は不動を纏ったまま、腕をイカの胴体に向ける。そして、
「発射」
つぶやいた瞬間、硬い砂の穂先が付いた銛は一直線にイカに突き進み、
「――ィッ!」
イカの胴体に着弾、貫通した。
そして勢いそのままに銛は湖に突き刺さり、
――ドバン
と、大きな水しぶきを上げた。
その、あまりの威力に、イカの胴体は中心から弾け飛んでしまった。
「……あー、弾丸以外を発射したのは久々だけど、かなりの威力だな」
「ええ、さすがは主様です! 砂の硬さも相まって威力も上がったみたいですね!」
「上がりすぎてイカの真ん中が無くなったけどな」
ちょっともったいない事をした。もう少し威力を調整して、ピンポイントで射ぬけたほうがよさそうだな。
そう思って腕部の発射機構をなでていると、マナリルが恐る恐る近づいてきていた。
「うん? どうした、マナリル」
「あ、あの、ダイチさんって。そんな戦闘用の武装をいつの間に開発してたの……?」
「戦闘用……って、これは狩猟用に作ってみたものの応用だぞ? ほら、銛の石突のほうに糸が付いているだろ?」
本当であれば、獲物を銛で貫通させたあと、糸で引き寄せるものだったんだ。
破壊力がでかすぎて獲物が引っ掛からなかったが、威力の調整をすればすぐに使えるようになるだろう。
「そ、そうなの。これが狩猟用レベル……なんだ」
マナリルは顔を引きつらせているが、まあ、大穴の空いたイカは結構グロイからな。
その表情になるのも仕方ない、と不動の中で頷いていると
「だ、ダイチ殿……。あ、ありがとう。助かった」
イカの触手から逃れてきたディアネイアが、息も絶え絶えな状態でこちらに歩いてきた。
体に怪我はないようだが、いつものごとく、水着は持っていかれてしまったようだ。
胸元を手で押さえている。
「大丈夫か?」
「あ、ああ、色々と持って行かれはしたが、守るべきところは守ったのでな。とんでもなくぬるぬるで気持ち悪いが……」
言いながらディアネイアの顔はげっそりしていた。
割と精神的なダメージは大きかったらしい。
まあ、体が無事なのは良い事だ。
「さて、ここでの騒ぎは収まったようだけど――マナリル。この騒ぎの元凶をシメに行きたいんだが、そのでかい魔石貝はどこにいるんだ?」
「え、ええと、騎士団の合宿所にほど近い湖底だけど、これから行くの?」
「そりゃな。こんだけうるさくされたら堪らないだろ」」
今日明日で終了のバカンスだ。
最後の最後まで静かにまったり過ごしたい。
だから、この騒々しさは邪魔だ。
「ああ、俺たちの静かな休暇を邪魔する奴は、俺の力で黙らせる。それだけだ」
そして俺は樹木の鎧を着込んだまま、騎士団の合宿所に向かっていく。
「あ、ま、待ってくれ! 私も行くぞ!」
「わ、私も行くわ!」
魔女姫と水の竜王を後ろに連れながら。
腰のほうが少し良くなりましたので、更新がんばります!





