-side マナリル- 湖の底に潜むもの
マナリルは湖の深部に立っていた。
彼女の足元には、数十メートルにわたって青緑に光り輝く物体が埋まっていた。
「さて、このキラキラ光ってる魔石を、もうちょっと鎮めれば終わりかしらね」
さっきから魔力をドバドバ放出していた。
太陽光の届かないなかでも光を出しているのがその証拠だ。
……平常時のダイチさんの傍にいれば普通に感じるような濃度だけど、ここでの普通ではないものね。
湖底には濃厚な魔力が漂っているせいで、マナリルの周囲には大型の水棲生物たちがうろうろしていた。
普段なら威圧力を発している竜王に近寄ったりなどしないのに、今はやはり凶暴化しているようで、
「――シャアア!」
牙を見せたりして威嚇してくる。
……普段は大人しくしている魚も、突撃してきたくらいだものね……。
歌って水流を操作することで弾き飛ばしたり、たたき落としたりしたが、なかなか手間取ってしまった。
これ以上、凶暴化している魚たちに付き合ってはいられない。
「うん、さっさと、〆てしまいましょ。《水竜の鎮め歌》」
呟きながら、歌を再開した。
少し自分の声を聞かせるだけで、魔力の発露は大分減った。
このままいけば、すぐに大型生物の凶暴化も静まるだろうと、マナリルが思った。その瞬間だ。
――ゴゴ。
と、足元が動いた。
「……えっ? な、なに!?」
急激な足場の動きに対し、マナリルは咄嗟にその場から離れた。
刹那、先ほどまで彼女がいた場所に、巨大な穴ができた。
更にそこを始点にして、巨大な亀裂が湖底を走っていく。
そして亀裂からは、強烈な勢いで水が噴き出してくる。
「くっ、突き放される……」
その水流に追いやられるように、マナリルは湖底から弾き飛ばされる。
……一体何事なの……!
マナリルは思いながらも、起きている事象を確かめるために、湖底をよく観察した。すると、亀裂の中に白い肉のような物体があるのが見えた。
「ま、まさか、これ、魔石じゃなくて、貝だったの……!?」
魔石貝が巨大化したもの。それがマナリルの目の前には居た。
湖底の亀裂だと思っていたのは、貝の開いた口だ。
……探知したのに……気付けなかった……!
周辺に魔石が沢山あるのに加えて、魔石貝から感じる力があまりに鉱物的だったから、認識を違えたんだろう。
……でも、そんなの言い訳にならないわ。
自分の探知精度はまだまだだ、と歯噛みしつつ、マナリルは水中に踏みとどまる。
魔石ではなく貝と分かったのなら、それ相応のやり方がある。
生物の魔力を鎮める用の歌を使わなければ。そう思って歌いだそうとした。だが、
「――!」
湖底を割るようにして現れた巨大な貝は、更に大口を開けた。
そして、まばゆい光を吐き出していく。
「え? ちょっと、何をしているの、この子……!?」
光は貝が内臓していた大量の魔力だ。
それが水中に出ていくものだから、湖底はあっという間に、高濃度の魔力で満ちてしまった。
それによって発生するのは――、
「――ガアアアアア!」
水生生物の凶暴化と、暴走だ。
明らかに挙動がおかしくなった巨大魚たちは、まずマナリルに向かって突進してきた。
「っと、危ないわね!」
マナリルは巨大魚をそらして弾く。だが、動きは止まらない。
巨大な水棲生物たちは、互いにぶつかり合いながら、水面に向かって突き進んでいく。
その様子を見て、マナリルは分析する。
「手当たり次第に、近場にある魔力にぶつかってるのね」
酒に酔って、目に移るモノ全てに喧嘩を売っている感覚に近い。
明らかに理性を失っているし、明らかに攻撃性が増している。
「というか、あの方向には騎士団の人たちが……!」
まずい。手当たり次第にぶつかりに行くという事は、被害は水中だけで留まらない可能性が大きい。
近場の砂浜や、下手をすれば街の方にいる人にまで向かっていくだろう。
水中だけでしか動けない魚だけではなく、陸地で活動できるような輩も、巨大化した状態で暴れているのだから。
……私の歌だけじゃ、ちょっと足りないわ……。
この周辺にいる生物たちだけなら、歌を聞かせれば足止めできる。
だが、かなり広範囲に散らばってる今だと、半数近くを取り逃してしまうだろう。
ならば――
「まずは、報告しないと。騎士団長さんと、ダイチさんたちに!」
水中移動だけなら、マナリルは高速で行える。
その特性を生かして彼女は湖を突き進み、数々の人が立つ、砂浜へと向かっていくのだった。





